森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

人生の後半戦~子育て卒業と老い支度~

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今年は春が来るのがとても早くて、いつもなら今頃から桜が満開になるのに、4月始めに咲き始めました。

でも、気温が低めだったので、満開状態を長いことキープしていましたが、一昨日ごろから、とうとう散り始めました。

その散りっぷりが潔い。強い風に吹かれて、どんどん散っています。

この勢いだと、来週には葉桜になるでしょうね。

 

 
4月になり、新学期も始まって、少しずつ「真新しい生活」が馴染んでくる頃です。

うちには、この春大学を卒業して、新社会人になった子供がいます。話を聞くと、新しい職場にも慣れて日々頑張っているようです。

さすがに社会人となると、学生だった今までとは違う雰囲気になり、ぐっと大人っぽくなりますね(笑)。

うちの子が仕事をして働いているなんて、想像すると「なんかスゴイなー!」と思ってしまいます。いつまでも子どもっぽいと思っていたけど、仕事を通して社会貢献している姿に感動すら覚えます。

そして、

「子供が社会人になる」=「子育て卒業」

…という図式。当たり前のことですが、こうして実際に身を以て体験してみると、なかなか感慨深いものがあります。

今までは、「学生の子どもがいた」というだけで、幼い子供を抱えたママさんたちと同格みたいな気になり、ずっと若々しい気分でいましたが、「子供が学校を卒業して社会人になった」となると、もう完璧に「子育ては終わった」ということなのです。

 子どもには「社会に出てしっかり自立してやっていける人」になるよう育ててきましたが、ちゃんと親の願いどおり…いやいや親の願い以上に育ってくれて、もう何も世話することはありません。

私も、もう「ママ」という甘美な存在ではなく、「成人した子供の母親」という固い立場の存在になってしまいました。

これって、とても嬉しくてめでたいことなのですが、今までのことを思うと、楽になった反面、淋しい気持ちも少しあります。

お蔭様で、子どもは実家に住まず、アパートを借りて一人暮らし。

もう仕送りの心配はいらず、自分でお金を稼いで、自立して暮らしています。

子どもがまだ赤ちゃんの時代から今日までは、子どもがいる家庭として無我夢中で頑張ってきましたが、とうとう「成人した大人ばかりの家族」になってしまいました。

そして今度、もしも、うちに赤ちゃんが来たときは、私はお婆ちゃん(祖母)という立場になった時です。
…これ、考えてみると、かなり不思議なことです。

まだそんな自覚はないけど、年齢的には充分ありうる話です。

 わたしがお婆ちゃん?

えっ?祖母?

もう、そんな年齢に差し掛かったんだ…と、自分でもびっくりしました。

 確かに、私の知り合いでも、40代後半で孫ができて祖父母になった人がいます。

 だから、別におかしくはないし、なっても不思議ではありません。

 だけどなぁ~。私もいつかは「お婆ちゃん」と呼ばれるようになるんだなぁ~。

 心の準備をしておかなくちゃ。

 …と思いました(笑)。

 ◇◇◇

私には子供がいたから、子供の成長とともに、節目節目で「自分の年齢」をリアルに感じてしまうけど、未婚だったり、子供がいなかったりすると、いつまでも自分のことを万年青年のように受け止めて、ずっと20代のままの気持ちで生きていたかもしれないなぁ~と思います。

 子供が巣立ち、夫の「定年」が視野に入り始め、「年金」のことが気になるようになり、いよいよ現実味を帯びて「老後」という言葉が頭に浮かんでくるようになりました。

もう逃げも隠れもできません。ごまかすことも言い訳も通用しません。

誰にでも平等に「老い」はやってきます。

 なので私は、年相応に「自分の現実をしっかり受け止めていこう」と思いました。 

人生の後半戦。

どんな年寄になりたいのか?

どんな風に人生を全うしたいのか?

 …を考え、具体的に心に思い描きながら、これからの自分自身の生き方を考えていきたいな、と思います。

◇◇◇

晩年を迎えてから「もっとこうすればよかった」と後悔することがないよう、自分の人生の後半戦は、今まで以上に自分をしっかり見つめ、自分で自分の人生の手綱を握りしめ、最後まで自分らしく生きていきたいな…と思いました。

 最後までかっこよく、潔く、清々しく、強く濃く生きたい…。

そんなことを、桜吹雪の中で思いました。