森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

親や社会から刷り込まれた価値観を手放そう

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1年前の写真。湯島天神にて。

子供時代に「親や社会から刷り込まれた価値観」の通りに今も真面目に生きている人たちの中には、いまだに自分が『刷り込まれた価値観に縛られて自分らしく生きていない』という自覚が全くない場合があり、何の疑いももたず「これが当たり前」だと信じて、粛々と刷り込み通りに生きている人がたくさん居ます。

 

こういう人たちと話していると、必ず出てくるのが

「私はこんなに頑張っているんです!」アピール

・・・なんですよね(汗)。

 

そして、「こんなに頑張っているアピール」をする人たちは、ほぼ100%他人にも厳しいです。頑張っていない(と思われる)人を見つけては、自分の主観で「あれはダメ」「これは合格」と品定めをしてきます。

他人のことなんだから放っておけばいいのに、人の言動をジャッジして厳しく点数をつけて影でチェックしたりするのです。

どうしてそんなに「品定め」をしてジャッジしたがるのか?というと、要は自分の頑張りを証明したいから・・・だったりします。

無理して頑張ってきた人ほど、頑張った割には、そんな自分に対する自己評価&自己肯定感が結構低くて、その低い部分を、ダメなヤツを見つけ出して自分と比較して相手をコケ下ろす・・・ことで、安心感を得ようとするのです。

自分が「あの人はダメな人だ」とダメ認定した他人と自分を比較して、「ダメ人は、こんなに最低な状態でいるけど、それに引き換え自分は、頑張った甲斐があって、こんなに幸せでうまくいっているんだよ」ということを実感して自覚したいのです。

そうして自分の心を満たしたい・・・ということです。

他人のために頑張ってきた人は、他人から認められ褒められるという形で無いと、心が満たされないからです。

でも、こんなに頑張ったのに、誰も褒めてくれないから(親ですら褒めてくれない) 、それで他人をジャッジすることで、自分の頑張りを証明したい訳です。

 

こういう人たちは、もともと心根が素直で「良い人」が多いです。頑張らなくても、充分に良い人なのに、親や先生が、その人の本当の価値や良さに気づいてあげられなくて、社会が作った規定を満たすかどうかでその人の善し悪しを判断していたため、それが原因で、自分に価値に気づけないまま大人になったのだと思います。

そして、自分に自信が無く、ただ親が褒めてくれるように模範的な子供にならなくては、自分には価値がないんだ・・・と思い込んでしまったのだろう・・・と思います。

こうして、素の自分が持つ「良さ」や「魅力」や「能力」を自覚できないまま、親が刷り込んだ価値観の通りの「自分」になろうと必死になり、自分以外の人間になろうと無我夢中で頑張ってきた訳です。

そのとき、「親の願い通りの自分」になるための代償として、「自分の本当の気持ち」を封印して闇に葬った人も多いと思います。

「自分の本当の気持ち」がムクムクと出てくると、親や先生が教えてくれた通りのことが出来なくなって邪魔だからです。

親から「こうしなさい」「ああしなさい」と言われ続けたことや、先生から「そうあるべき」「こうしなくてはいけない」と諭されたこと。これらの「刷り込み」に従順に従って生きていこうと思ったら、自分の「我」が強くあると邪魔で足手まといになる・・・そう無意識のうちに思うため、自分を消して、他人の意向通りに自分を染めようとするのです。

 要は、「自分のハートや感性を消去して、他人の意向に素直に従って生きていく『コピーロボット』のような人間になる」ことを人生の目標にしたということ。(←言い方が悪いけど・汗。)

 

 こんな感じで、親の期待に応えたり、先生の期待に応えたり、そうやって「他人の期待」(と言う名の価値観の押しつけ)に沿うように頑張っていきてきた人たちが、今も日本にはまだたくさん居て、そういう人たちが、自分の今までの人生を肯定したくて、何かと「こんなにも頑張って生きてきたんです!」アピールをしてくるのです。

 

 ちなみに、こういう人たちの「頑張ってきたアピール」の中身は、ほとんどが「こんなに模範的な良い人になろうと頑張ってきたんですよ!そんな自分をもっと労ってほしい、認めてほしい、褒めてほしい!」というものがほとんどです。

「良い人」になるために、皆さん、ものすごく頑張ってきたことを必死になって訴えます。

  • 欲しいものがあっても、欲しがる子はみっともないと言われるから、欲しい気持ちを押し殺して我慢してきた、とか。
  • 本当は「こうしたい」と思っていたけど、それを言うと親が失望するかもしれないと気を利かせて、必死になって自分の気持ちを押しつぶしてきた、とか。
  • 自分の意見はすぐに却下される代わりに、親の意見を素直に飲まなくてはいけないから、自分が傷つく前にすぐに諦める癖がついた、とか。
  • 本当はいろんな気持ちがあって葛藤していたけど、それを押し隠して学校では優等生と言われるように模範的な良い子になろうと努力した、とか等々。

これが、ずっと続くにしたがって、

良い子であることが当たり前であり、「自分の気持ち」を公開することが怖くて出来なくなる・・・という状態に陥ります。

 

 自分の気持ちを後回しにしつづけていくと、「自分の気持ち」を感じ取る能力が退化して「自分」が分からなくなってしまうのです。

そして、自分の感性を鈍らせて、どんどん鈍感になっていき、心を見失って、ますます「模範的な自分にならなくては・・・」と必要以上に人目を気にして頑張り続けてしまうのです・・・。

 

こういう人たちは、自分の心を封印して「自分の気持ちなんて最初から無い」という感じ生きていますが、でも、封印されて見失っていても、魂は肉体をもって生きている以上、「自分の意思」を発し続けています。

どんなに「親や社会が刷り込んだ価値観」を自分だと思い込んで生きていても、自分の中のどこかに潜んでいる「自分の心」が、「本当はこうしたい」「本心はこう思っている」と訴え続けているのです。

それが、今、心の奥から発せられるエネルギーとなって、自分の感情を揺り動かし、早く気づかせようと働きかけてきます。

そんなときは、今まで感じたことが無かった「心の動き」「感情の揺さぶり」「感情的な反応」「モヤモヤした不快感」「しっくりこない気持ち悪さ」・・・等、何か違和感を感じているかもしれません。それは、封印した心が発しているシグナルです。

自分の本当の気持ちを掘り起こして、早く気づいてあげてほしいな・・・と思います。

模範的な良い子になろうと努力してきた人は、大人になっても、相変わらず「良い人」のままです。

でも、よく見ると、本当の自分を生きていないから、とても苦しそうです。

 私には、とても苦しそうで閉塞感と圧迫感を感じます。そして、固くてキツい「お面」を被っているような、そんな不自然さを強く感じます。

この状態がこれ以上続くと、どこかでバランスを取るために大きな出来事が起きて、自分自身をリセットしなくてはいけない事に巻き込まれるだろう・・・と感じます。

(それもその人には必要な体験だし、非常に厳しい状況に陥っても、生き方をリセットできればベストな出来事なんですけど・・・ね。)

できれば、早く自分で気がついてサクサクと自己解放することが一番です。

親から刷り込まれた古い価値観は、早く手放してサックリ捨てるのがベスト

もうこれからは必要ありません。

親から刷り込まれたものを手放して捨てることは、「親を裏切ること」「親を捨てること」では全く無いので(むしろ親孝行ですよ)、変な罪悪感は持たないでくださいね

罪悪感など持つ必要はありません。むしろ、あなたが手放して自由になることで、親や家族も自由になって解放されます。

不要なものはキッパリ潔く手放して、一足早く「新しい価値観をインストールした自分」になり、自己解放してください。そして、そんな自分を通して親に変化の刺激を与えて、良い影響をどんどん及ぼしてあげてください。