森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

人生のどこかで「怖さ」と向き合う

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桜の花。よく見ると表情がありますね~。

「怖さ」を手放す。

「怖い」と感じるものを心の中に抱えて生きていると、それがブロックとなり、自分の人生を真っ直ぐ生きられなくなります。

  •  「怖さ」があるから、正しい判断が出来ない。
  • 「怖さ」があるから、行動できない。
  • 「怖さ」があるから、遠回りする。
  • 「怖さ」が原因で、判断ミスや選択ミスを犯したり、失敗を誘発したり、アクションが起こせなかったり・・・等。

「怖さ」のせいで、本当の自分が生きられなくなるのです。

つまり、「怖さ」が、自由な行動へのブロックとなり、制限となる・・・ということです。

「怖さ」は大抵、過去のトラウマ体験が原因で引き起こります。今となってはたいしたことが無いよくある体験であっても、その時の自分は、めちゃくちゃ傷ついて心に痛みを感じて辛かったのです・・・。その時の「心の傷の痛み」が強烈に身体に染みついていて、「もう二度とあんな辛い思いはしたくない」と思うその気持ちが、「怖さ」となって出てくるのです。「怖さ」があるお陰で、同じようなシチュエーションに遭遇しても、同じような辛い体験をしなくてすむように、無意識に「怖いこと」を避けるのです。だから、これはある意味、「自分を守っている」ことなんですよね・・・。自分を傷つけないように、自分の心と体が「怖さ」を蘇らせて、嫌な体験から自分を守っているのです。

ところが、その体験が子供時代のものだった場合、子供の時の自分は「怖くて心が傷ついた」かもしれませんが、今の自分はすっかり大人になっていて、心が成長して強くなり、昔のようにちょっとのことで傷つくことは無いかもしれません。長く生きているうちに、たくさんの人生経験を積んで、視野が広くなり、心に耐性がつき、たくましく成長したので、今は昔と同じことを体験しても、傷つくことなく上手にスルーしたり、体験を「学び」や「気づき」に替えて消化できたり・・・等。昔と違う「受け止め方」が自然に出来るようななったかもしれないのです。

それでも、一度、子供時代にインプットしてしまった「怖い」という記憶は、なかなか簡単に消去できません。「上書き」も出来ず「消去」もできず、今も脈々とデータとして自分の記憶の中に残っていることがあります。自分では、もうその昔の体験自体、ケロッと忘れていて全く覚えていないのに、それでも、当時の「怖い」という感情だけが鮮明に脳に刷り込まれて、今も似たような場面に出くわすと、脳が「怖い・辛い・嫌だ・悲しい・惨めだ」という感情を生々しく蘇らせることがあるのです。これは「フラッシュバック」というものですが、これは誰にでも普通に起きることです。昔のことをふと思い出して、生々しい感情が蘇り、嫌な気分になることも、ある意味「フラッシュバック」です。過去のそうした体験が消化できていないと、何十年経ってもいつまでも生々しく蘇ってきます。この時、「怖い」という感情がセットになって出てくるのです。

人は「怖さ」を感じると、「怖いもの」を自分から遠ざけようとします。そのため、いつまでも「怖さ」の原因を直視することができなかったりします。ある程度、時間が経って、随分昔の出来事になってきたのなら、そろそろその体験を消化して乗り越えていくことが必要です。でないと、「怖い」と感じたところで、思考が止まり、そこからピタリと動けなくなってしまうからです。身体がこわばって感情的な反応に突っ走ったり、前向きな判断できなくなって停滞したり、「怖いもの」を避けるためにトンチンカンな方法や道筋に向かっていったり、わざわざ遠回りをしようとしたり・・・等。真っ直ぐに進めば早くて簡単で楽なのに、「怖さ」のせいで、大変な回り道をしてしまうことがあります。

過去の体験が「怖さ」の原因で、もうその体験自体、何十年も昔のことで、今はその体験に関与・関係した人も周囲には誰一人として居ない状態でありながら、いまだに「怖い、怖い」と前向きになれないのは、非常に勿体ないことだと思うのです。自分の人生の時間は限られているのに、随分昔の体験が引き起こした「怖さ」のせいで、真っ直ぐに人生を生きられないのは、時間とエネルギーのロスになり、とても勿体ないことです。

それに、昔の「怖かった体験の記憶」にずっと縛られて生きている人は、何をしても、誰と会っても、どこに居ても、ずっと「怖さ」がついて回ります。どこまで行っても「怖さ」が追いかけてきて、決して逃れられません。受けて立つことで乗り越えられるのに、「怖い」から逃げる・・・の繰り返しを生きています。確かに「逃げる」ことも大切な選択肢の1つではありますが、人生の大事な場面で(ここは逃げないで迎え撃つことが必要な時でも)、「怖さ」を優先し、前へ突き進むことを避けるのは、現実的な対処法にではない・・と思います。ただ「問題を先送りしているだけ」・・・だと感じます。

これでは「新しい体験」を得る機会を失い、チャレンジすることもなく、何の変化もない毎日を送り続けることになります。何かに挑戦するという体験を通して、そこから湧き上がった「怖さ」と向き合い、乗り越え、克服し、記憶を「怖くない。もう大丈夫」と上書きしていくことが可能なのに、それすらしないまま、ただ時間だけが過ぎていく・・・ということです。

幼い子供時代は、心を傷つける強烈な「怖さ」から、自分の身と心を守る必要がありました。だから「怖い」という気持ちを使って、危険を回避し、自分の身を守っていたのです。でも、もう成人していい年齢の大人になったのであれば、そろそろ「怖さ」と向き合い、あえて「怖さ」にアタックすることも必要なんじゃないかな・・・と私は思います。

いつまでも「怖い、怖い」と言って逃げてばかりいたら、変化も成長もありません。人間は、少し負荷のある状態の中で思い切ってチャレンジしていくことで、力がつき、強くなり、心が成長するのです。ならば、大人になり子供の頃より活動の幅が広がったのであれば、勇気を出して「怖さ」に立ち向かい、「怖いこと」も頑張って体験してみることが大事です。

もしかしたら、「怖い」と感じていたことにあえてチャレンジしてみることで、案外どうってことなく簡単に乗り越えられるかもしれません。また、自分の「怖さ」の原因となっている過去のトラウマ体験を消化して成仏させられるかもしれません。「案ずるより産むが易し」といいます。やってみたら全然怖くなかった・・・という「気づき」が得られることだってあるのです。また、「怖い」と感じるものの正体に気づくことで、自分の本当の気持ちを知ることができるかもしれません。本当はどうしたいのか?を、「怖さ」を通して自覚できるかもしれません・・・。

更に「怖さ」に向かって実際にチャレンジしていくことで、「怖い」と思っていた物はダミーで、本当の問題は自分の中にあることに気づくかもしれません。ちなみに「怖さ」を他人に対して感じている場合、その人が怖いから怯えているのではなく、その人のことを自分が勝手に「怖い」と認定して思い込んでいる場合もあります。みんなは、その人のことを怖いと感じていないのに、自分は何故か一人で勝手に「怖い」と感じ、そう思い込んでいるだけ・・・というパターンです。

そういう場合は、「どうして私は、あの人のことが怖いんだろう?」と自分の心の中をよく見つめ直してみてください。もしかしたら、そこに「自分の心の課題」が隠れているかもしれません。自分の中に手放さなくてはいけない「固定観念」「思い込み」があり、それが凝り固まっていて、それがあの人のことを「怖い」と感じさせているだけ、なのかもしれません・・・。

 とにかく、大人になったのなら、いつまでも「怖い、怖い」と言っていないで、「怖さ」を克服して手放すことに意識を向けてください。逃げ続けているだけでは、一生、何も変わりません。人生のどこかでキチンと覚悟を決め、腹をくくって向き合ってください。「怖さ」を克服するには時間がかかります。エネルギーも要ります。だからこそ、早めに取り組んでください。

人生は限られています。「怖さ」に心を支配され続ける生き方ではなく、「怖さ」から自分を解放し、心を自由にする生き方を目指してくださいね。