森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

全ての出会いが、自分にとって大切な出会いなのです

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人は生きている間に、たくさんの人と出会います。

その出会いについて・・・。

出会った相手が、自分に対して優しくて親切な人だったり、とても有名なすごい人だったり・・・等、こちらが得をしたり、気分が良くなるような出会いを体験すると、人は「とても良い出会い」だと喜び、自分の運の良さに自信を持ったり、自分の幸運をスすごく喜んで嬉しくなるものです。

またその逆で、出会った相手が冷たくて親切にしてもらえなかったり、自分との相性が悪かったり、世間の評判が悪い人だったり・・・等、こっちが損をするとか、大変な目に遭わされたりする場合だと、人は「酷い出会いだった」と言って怒ったり悔やんだり凹んだり・・・。自分の運のなさを恨んだりします。

 

 

そういうこと、結構多いのではないでしょうか。常に「ラッキーなこと」を求め続けていて、そのラッキーさの一つに「自分を大事に扱ってくれる人との出会い」を含めている人。こういう人は、常に自分に関わる全ての人の様子をじっと観察し、あの人はどうだった・この人がこんなこと言ったと批評し、良い人にも悪い人にもネチネチと執着して、他人の態度や言動を細かくジャッジするのが癖になっています。

自分の態度や身の振り方より、他人の動向や言動の方が気になるのです。

 

そして、あの人はいい人だった、この人はダメな奴だったと、それが人生の重要事項になっています。

 

でも、本当のことを言うと、人との出会いについて、実は宇宙的に見れば「良い」も「悪い」もないのですよ。

「相手のエネルギーが今の自分に何らかの刺激を与えてくれる、その刺激が自分に必要だった」「お互いに相手のエネルギーに触れ、エネルギーをシェアすることが必要だから、今こうして出会った」・・・ただそれだけなのです。

宇宙的視野に立てば、「良い」も「悪い」もなく、ただの体験です。その体験をどう受け止めて、自分の成長の糧にできるか・・・。ここが大事なのです。

 

成長の糧にできるものは、この世界にあること全てなので、自分の受け取り方次第で、どんなことも、どんな人とも、全て「心の栄養」に出来ます。そう考えると当然の如く、人との出会いにも「良し」も「悪し」なんてありません。出会いは出会い。ただ、それだけなのです・・・。

 

些細なことであっても、相手のエネルギーが今の自分に必要だから出会ったのであり、また、その反対に、自分のエネルギーが相手にとって必要だったから、偶然という形でバッタリ出会う・・・ということもあります。

 

ただ何気なくすれ違っただけでも、エネルギーが触れ合えば「出会い」になるし、また、ちょっと言葉を交わしたり、隣同士や近くの席に座ったり、同じ場所に同席する・・・と言う形でも、たとえ互いに知らない者同士の関係であっても、そこでエネルギーに触れることがあれば「出会い」なのです。

 

そう考えると、様々な出会いがありますよね。

 

偶然のようでいて、実は自分が必然的に引き寄せている出会いもたくさんあります。

そして、その出会いは、相手の人格や性格、気質の特徴に関係なく、その人が発するエネルギーに触れることが目的であり、また、その人との間に起きる「出来事」が必要な場合もあります。

 

 

ですから、相手が別に自分に優しくしてくれなくても、興味関心が無くても、丁寧でなくても、不親切であっても、酷いこと言われても、何かされても、良い人で無くても、別にいいんですよ(笑)。そんなことはどうでもいいことで、それより、何を体験し何を経験するか・・・です。

 

心の中で、「あの人は酷い人だ」「あの人は良い人だ」とジャッジして悶々とするのは経験でも何でも無く、ただ頭の中で考えていること・・・です。そうやって脳でネチネチと人のことを考え続けるために出会いがあるのではなく、その人のエネルギーに触れて、何を感じ、何に気づき、何を学び、自分の中がどう変化したのか・・・。それをどう自分の今後に生かしていけるのか・・・。←ここが目的なんです。

 

こんな感じて、ただただ人のエネルギーを感じて受け取り、そのエネルギーによって自分がどんな影響を受けたのか?また、自分のエネルギーが他人にどんな影響を与えるのか…。←そこに自分の視点を置いてみてください。

 

 

ですので、どんな人であろうと、ただそこに存在しているだけで良し…なんです。そこにいて、自分のエネルギーを静かに放っている・・・。そのエネルギーに私たちが触れる、感じる、些細な動きでも自分のエネルギーと共鳴する、反応する、影響を与え合う・・・。

これで良いんですよ。それ以上のことを期待したり相手に求めたりしないでください。

 

 

 

しかし、スピリチュアルにはまっている人のなかには、「自分の波動が低いから、波動の低い人に出会ってしまったんだ」「自分の波動が高いから、私は波動の高い人とばかり出会うのよ」と相手の魂レベルで自分のレベルを確認したり、自分の力を誇示して見せつけようとする人もいます。

 

それで、ついつい自分の身の丈以上のことをやろうと背伸びして、無理して頑張り過ぎちゃったり、あるいは逆に威張り散らしてマウントとりたがったり、優越感に浸ったり、変な人に騙されたり…云々(汗)。

 

いやいや波動が高くても低い人に遭遇することはあるし、波動が低くても波動がとても高い人と出会うこともあるんですよ(笑)。

 

ただ、たいていの場合は、自分の波動が低い人たちは、相手の波動(・・・または徳の有無)が正しく見抜けなくて、それで損していることが多いです。

 

波動が高ければ、相手の程度が一目で識別できるから、「あっこの人は本物だ」「この人は見せかけだなぁ」と分かるのです。なので、あとは相手の程度に合わせて、上手に接してあげる・・・という感じです。(←波動が高い人の場合はね)

 

だけど、波動が低い人たち(←魂レベルが低いとか、徳がないとか、そう言われる人たちも含みます)は、真実を見抜く目が曇っているから、本物と偽物の見分けがつきません。自分の思い込みや勘違いで相手を見下したり奉ったり、偽物をつかんだり、大事なものを蔑ろにしたり、いろいろやらかします(汗)。結果、失敗もたくさんします。

 

でも、そうやって見分けがつかなくて勘違いしたことから得た体験も、魂的には必要な修行なのです。

 

正しく見抜けないから、だから目を養うために、自分の思い込みの世界を体験しなくてはいけないのです。体験を通して「あれ?なんか違うんじゃない?」ということに自分から気づき、行動し、それらを総括して学びに替える、成長してでさいく・・・というわけです。

 

 

ちなみに、人が発するエネルギーは、その日の気分によってコロコロ変わることがあります。ムカムカしていれば怒りのエネルギーをムンムンと発するし、潜在的にイジケ癖があるひとはイジケのエネルギーを常にネチネチと発し続けています。パッと笑顔になって心が晴れ晴れすれば、その瞬間に喜びのエネルギーがパッと発せられます。

まさに、秋の空・・・お天気みたいなものですよ。本当に変わりやすく、不安定です。

(しかし、これはこれで、とても良い面もあるのですよ。固定されていないから、いろんなエネルギーを自由に発することができるため、様々な出会いを引き寄せ、多様な体験が得られるからです。)

 

こうして自分が瞬間瞬間に発しているエネルギーの状態によって、様々な出会いが「天の采配」によって組み合わされていきます。

あなたが自分の直感を信じて行動していく過程で、例えば「何処へ行く」「何をする」「何がしたい」「誰に会いたい」と決めて行動していくことにより、自然の流れで「出会い」に通じる道が生み出されていくのです。

 

 

だから、いい加減な気持ちでボンヤリと生きていくのでは無く、常に自分の心の状態を把握して、自分はどうしたいのか?どう生きたいのか?を明確にしながら、自覚して生きていくことが大切です。

 

どんな出会いも、大切な出会いです。

その出会いを、心の成長の糧にできるかどうかは、相手ではなく、自分の心次第なのです。 

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公園でかわいい花を見つけました。これも小さな出会いです。