森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

本能を呼び覚ます

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最近の私は、「よく分からないけど、とりあえずやってみよう・・・」という感じで、最近、いろんなことに首を突っ込んで、まずはやってみることを心がけています。

 

10月に入って、ますます新しいエネルギーがドンドン流れ込んでくるようになり、本当に先々のことが全く見通せなくなってきました。

 

そのせいか、私自身は「これってどういうことなの?」とサッパリ理解できていないのに、見えないものに背中をぐいぐい押されるような感じで、次々と取り組むべきことが目の前に出てくるので、仕方なしに(笑)流れにのっかって、目の前のいろんなことに取り組んでいます。

 

この、「目の前に出てくる→気づいてやってみる→とりあえず完了する→次のものが出てくる・・・」の循環が、今までだと、かなりゆっくりペースだったのですよ。

 

だから、こちらも余裕を持ってのんびり取り組めたし、取り組みながら「どういうことなのか?」もだんだんと分かってきて理解が深まり、完了する頃には知恵が付いてバッチリ分かるようになっていたのです。

 

ところが今は、スピードとペースが超速すぎて理解する前に完了してしまい、しっかり飲み込めないまま、次の新しいことに取りかかっている・・・という感じです。

 

以前の私なら、しっかり理解できないとダメだ・・・と思い、丁寧に取り組んでしっかり体験を積んで理解を深めようと頑張っていたけど、今は「別に分からないままでも良し。見切り発車でもOK」と割り切るようになりました。

 

よく分からないことが増えている昨今。社会には「理解が追いつかないこと」「よくわからないこと」が、たくさん溢れかえっています。でも、しっかり噛み砕いて脳が理解するまで、それに取り組んではいけない・・・と決めていたら、今の時代はもう生きていけません。だからこそ「本能的な判断」が必要なのかもしれません。

 

「気づき」や「悟り」「直感」よりも、もっと原始的であり、魂の根源を働かせる・・・「本能」。これからは本能の時代になっていくのかもしれません。

 

 

ちなみに・・・

 

10年くらい前から、スピリチュアル的には「自分の気持ちや意思を尊重し、自分の意思を通して生きて行く」ことが大事でしたし、更に数年前からは「自分の直感やフィーリングを信じる」ことが必要でした。

 

しかし、もう今は、自分の意思や気持ち、自分のフィーリングや直感を尊重することは、以前ほど「特別なこと」でも「重要なこと」でも無くなり、本当に極ごく「当たり前のこと」「できて普通のこと」になりつつあります。

 

そう、「人にいちいちお伺いを立てたり、人の許可を得なくても、自分で自分のことを決めて当たり前」「集団の意向に添って生きるのではなく、自分の意思や直感にそって生きるのが普通のこと」・・・という時代に突入したのです。

 

そして今や、「自分の直感」すら古くて重たい観念となり、もう「直感」に頼る以前のところ・・・「本能」的にサッと動いていくことが求められるようです。

 

人がなんと言おうと、自分の本心が欲するのなら、それをしていくことです。

 

リスクを背負うことも含めて、自分の人生を丸ごと受け入れること・・・。

 

そして、これからは、何が起きても「全てを受け入れる度量」が必要です。

 

どんなものも受け取る・どんなことも与える

 

・・・そういう風に腹をくくることです。

 

 

もうコントロールしないで下さいね。

 

これからはコントロールしようがないのです。コントロールできない世界へと入っていきます。

 

自分の人生をどうしていくのか・・・ここだけです。

 

今、自分が欲していることを叶えていく・体験していく。

行きたいところへすぐに行ってみる。動いてみる。

 

自分が本能的に感じることを信じる、本能的に察知したことを形にしていく。

・・・これが大切です。

 

「本能的に」・・・ということなので、お金とか社会的地位とか、名声とか、世間体とか、安定・安心とか、そういうものは一切頭から外して下さいね。

 

本能なので、脳でコントロールできる範囲を超えて、脳が関与できない「感覚的な部分」を使って、自分が進む方向を決めていくのです。

 

 

 

・・・ちなみに、これを書いている私も、よくわからないまま書いています(笑)。

(受け取ったメッセージを、そのまま文章にしています。)

 

 

 

これから、理解を越えた世界へと突き進んでいきます。

この世界で生き残るには、「本能」を働かせること・・・です。

 

集団の秩序や安心・安定というものは、集団や組織をコントロールするために計画的に築き上げられてきたものですが、それらも一度壊されて更地となり、無い状態を体験させた上で、「本当に必要なものなのか?」を再確認させられるのです。

 

これは、目に見えるモノだけでなく、目に見えないモノ・概念・固定観念・価値観・・・そういうものも含みます。

長い人類の歴史の中で「絶対に必要だ」と人々に代々刷り込まれてきたものが、これからいろんな場面でガラガラと崩落していき、壊れた状態を一度体験させた上で、「これらは本当に必要なのか?残すべきことか?手放すことか?」と突きつけられるのです。

 

その時、過去の記憶に縛られたり、昔の記憶に頼ったり、周囲の雰囲気や感情で決めたりしないで、「本能」で判断していくことです。

 

「本能」とは、今の社会が構築される前の、もっと古い時代の、人間も自然の一部分として自由に生きてきた頃の魂の記憶です。

集団の中にあっても、本能は個々が持っているものであり、個々で発動させるものです。連携はできません。個人で働かせるのです。

「本能」という魂の根幹にある感覚を取り戻しながら、これからは本能的に「自分はどうしたいのか?」を決めて、素直に実行してみてください。

 

本能的に生きることは、今の社会のシステムや集団の価値観からは思いっきり逸脱して外れていくことだけど、集団から外れることを恐れないで下さい。

もう今の社会のシステムや価値観は、今後は通用しなくなっていきます。集団の掟も決まりも、個人の幸福には全く関与しないこと(集団の秩序と統制を守る為の決まりや掟)は、どんどん淘汰されて消えていくでしょう。

 

世界はどんどん研ぎ澄まされて進化していくけど、人々の意識は、本能的に生きていた太古の世界のエネルギーに感化され変化していくようです。

人間のエゴやプライド、競争心理や虚栄心・・・等に縛られず、誰もが正直に自分らしく生きていくことが「当たり前」の世界へと変化していくでしょう。

 

だからこそ「本能」・・・なのですよ。

自分の意識のもっと深いところに沈んで眠っている「本能」を呼び覚ましてください。

それが、これから非常に重要になっていくと思います。

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地元スーパーの「駅弁フェア」で買った京都のお弁当。美味しかったです。