森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

執着を手放して自由になろう

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人は、日々成長していく生き物です。

「ここで終わり」ということはなく、生きている限り「学び」と「気づき」は途切れることなくもたらされ、最期まで成長の機会を与えられます。

こうして人は、生まれてから死ぬまで、一生をかけて様々な経験をしていきながら、その経験を通して何かに気づき、何かを学び、成長していきます。

 

成長というと、「何かを得ていくこと」だと思われがちですが、「何かを手放すこと」も成長です。

自分には必要ないと感じたら、潔く手放すことができる・・・これも成長の証です。

何かが出来るようになった・・・だけでなく、「執着しなくなる」「気にならなくなる」「忘れる」「手放すことが難なくできる」・・・これも成長なのです。

 

◇◇◇

かくいう私も、もちろん同じ。成長の過程に居ます。完璧ではありません。

そんな私ですが、最近、ふと「手放そう」と思うことがありました。

 

ちなみに、今世の私の【人生のテーマ(課題)】の一つに「人間関係」があります。

 このテーマについて、私は幼い頃からずっと取り組んできました。

今も学びの最中ではあるのですが、ここにきて「このテーマはもう卒業しよう」と思うようになりました。

 そして、今度の11月の満月を(11/12)を迎えるに当たり、

ここを区切りにして、今後は「人間関係」や「家族関係」をライフワークにするのは卒業しよう。みんな手放しちゃおう。これらに執着するのは止めよう。こだわりを捨てて自由になろう。

・・・と心から思うようになりました。

それも自然の流れで、ふとそう感じるようになったのです。

 

◇◇◇

自分の中では、人間関係&家族関係に対して、特に「執着」していたわけでもなく、「こだわり」をもっていた訳でもありませんが、でも、今までの私は、心が嫌でも「人間関係」「家族関係」に向かわざるを得ない状況になっていて、これらのことが常に頭から離れず、ずっと心の中にしこりのように存在していました。

この「ずっと頭の中で考え続けている」「心の中で思い煩っている」という状態。これが端から見れば、まさに「執着している」・・・ってことだったのです。

自分では全く自覚が無くても、自然とそんなことばかり考えて、ずっと気にしている・・・ということは、イコール「執着している」ということです。

そして、こうした状態で生きている・・・ということは、さながら「鉛玉が腹の中にたくさん詰まっていて、非常に不快で嫌な状態でいる」ということでもあります。

気質的に『我慢強い人』は、どれだけ鉛玉を腹に溜め込んでも耐えて持ちこたえるから、普通に生きていられるのです。

でも、カラダや心は、腹の中の鉛の存在を不快に感じていて、気持ち悪くて嫌だから、ついつい鉛玉のことばかり考えてしまい、意識もそちらに向きっぱなしで、いつも頭から離れず、常に鉛玉のことを悶々と思い悩んでしまうのです・・・。

こういう状態のことを、世間一般では「執着している」「こだわりつづけている」と言うのですよ(汗)。

頭の中に一分の隙間も無いくらい、そのことだけで脳の中が満杯になっている状態・・・。こういう思考的に身動きがとれず柔軟性に欠けた状態が「執着」なのです。

 

執着というと「好きなもの」や「気に入ったこと」に夢中になって我を忘れること・・・だと思いがちですが、「嫌なこと」「苦痛を感じること」にも心がベッタリ貼り付いて離れられなくなった状態も、また「執着」と言うのですよ。

そう考えると、いつもネチネチと嫌いな人のことを考えているのも「執着」。

嫌いなこと・苦手なことをずっとネガティブに悩み続けてウジウジしているのも「執着」。

こういう場合、自分から行動して執着を手放す・・・ということをしない(できない)ので、余計に執念深くウジウジと考え続けて、執着を深めるのです。

深めて、どんどん深みにはまっていき、そこから抜け出すことが怖くなり、恐怖心まで沸き起こって強化され、逃げ出すことも出来なくなるほど、動けなくなります。

自分の脳が作り出した「執着」に縛られて、どんどん身動きができなくなるのです。

◇◇◇

こうした「執着」が起こりやすいのが「人間関係」です。

特に「家族関係」でこれが起きると、息が出来なくなるほど苦しくて大変です。家庭という密室の中で起きるので、余計に閉塞感が強化され、どんどん陰に籠もってしまうのです。

だから、密室化を防ぐためにも、家から飛び出して外の世界で生きるとか、家の中に家族以外の人も飛び入りで出入りしやすい雰囲気を作っておく・・・等、家庭内に風穴を開けることとが必要なのです。密室化した家を密封するのではなく、オープンにして他者が出入りしやい雰囲気を作り、風通しを良くしておくことが大切です。

 つまり、家庭を密室化したがる人って、家族に粘着し、執拗に執着してくることが多いのですよ。そして、密室化した家の中では、執着する人は、どんどん自分の主観で家族を縛り、自分の思うように家族を支配したがるようになります。

こうして密室化した家の中では、家族がモンスター化しやすいのです。そうなると、モンスター化した家族が怖くて、何も出来ず身をすくめて心が萎縮している家族や、家庭の問題から目を背けてスルーして空気のように生きる家族が出てきます。

家の中が「安らげる場所」ではなく、「魔窟」「伏魔殿」になってしまうのです。

◇◇◇

過去の私は、こうした「執着」のエネルギーの渦中で辛抱しながら生きていました。

そのため、常に人間関係の問題と向き合わされ、取り組み続けてきました。また、私のプライベートだけでなく、私の周りでもそういう問題を抱えた人が結構多くて、自然と付き合わされてきたんです。

でも、ここ数年間の取り組みで、私自身の課題はどんどんクリアされていき、今はほぼ大丈夫な状態です。(決して問題が消えて無くなったわけではなく、細かい問題はまだコロコロと残っているけど、前のように執着するほどのものではなくなった・・・ということです。)

すると、私自身がクリアになったのだから、もう他者の「人間関係の執着の悩み」に触れる必要はないなぁ・・・と思うようになりました。

それで「もう卒業しよう」と思いました。

違う言い方をすると、「卒業する」と心に決めた・・・ということです。

そう、決めたのですよ(笑)。潔くスパッと「止める」と決めました。

決めたので、これでもうおしまいです。

卒業って簡単でしょう?時期が来れば、スパッと自分から切り離せるようになるのです。人やもの(こと)が自分から離れていくのをじっと待つのではなく、もう充分に体験させてもらい腹も膨れたし、もう要らないです。だから、自分はもう要らないのだから、自分からスッパリ潔く切り離していくのですよ。

これが本当の卒業。卒業するかどうかも、自分の意思で自分から決めて、そうするのです。

◇◇◇

こんな感じで、満月前の断捨離がまた一つ完了しました(笑)。

私はどんどん手放して身軽になっています。

もう、自分のことも他人の人間関係にも、私はノータッチ。これからは何を聞かれても、「自分で決めなさい」としか言いません。その人の経験として私は関わらないことを決めて、ふっかけられてもスルーするつもりです。

とても気が楽になりました。

 これからは、私のことに意識を向けて、自分の人生のために自分のエネルギーを使っていこうと思います。

 

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