森の中の大きな木~Let's go to the new stage!~ 

とりあえず今、目の前にあることについて語ろう

怖いことに勇気を出して挑むことも、人生の冒険

どこか遠くに行かなくても、今居る場所で、自分が心底「怖い」と感じること・もの・人に立ち向かっていくこと&挑むこと・・・。これも【冒険】なんだなぁ~と、最近ふと思うようになりました。

 

新しいことや未知のことは、人間なら誰しも「怖い」と感じるので、特に未体験のことをやってみるとか、新しい場所を旅する・・・等、これらのことは、普通に【冒険】として理解しやすいですよね。

 

でも、別に新しいことでもなく、また特に初対面の人という訳でもなく、いつも見ていること・いつも顔を合わせている人・何となくやっていることであっても、それ(その人)のことを「怖い」と感じるのなら、それにあえて挑むのも、実は【冒険】なのではないか・・・と、そう感じたのです。

 

そう思うと、自分たちの周辺には【冒険】と呼べること・ものが、ゴロゴロとたくさん転がっています。

 

自分の脳が勝手に「怖い」と判断したことにより、その「怖さ」が「不安」「心配」を生み出す…。

そんな「不安」「心配」を感じ続ける状態に居続けることがストレスになり、そのストレスを解消するために、とりあえず目の前にある状況に依存する、または、目の前の人を支配し・干渉し・監視するようになる…。

依存や支配がエスカレートしていくと、やがて自分の周囲のものや人を全てをコントロールしようとし、最後は暴力・破戒・破滅…へと繋がっていく…。

怖さに自分自身が支配されていると、クリエイティブなことは何も出来なくなり、ずっと同じ場所で同じことをグルグルと繰り返すだけになっちゃうんですよね。

だから、ますます動きがなくて固まっちゃうのですよ。

動かない=エネルギーも動かず固定・・・だから、自然と【冒険】とは真逆な方向に至るのだと思います。

 

怖いものは誰にでもあります。

私にもたくさんあります。

でも、その怖いものを無理に好きになる必要はないけど、せめて別にそんなに怖くはないよという状態にしていくことが、人生の目的の一つじゃないかな…と感じるのです。

だから、私は40代に発起して、自分の「怖いもの」と真摯に向き合いコツコツ取り組んできました。取り組んでも取り組んでも、これで終わり・・・ということはなく、クリアできたと思ったら、また深いところから「怖さ」が浮かび上がってきます。

過去世で魂に刻み込まれてきた「怖さ」も次々と出てくるから、もう大変ですよ(汗)。砂漠の砂のごとく、魂の歴史に比例して、多種多様の「怖さ」が蓄積されているのです。だから、こうして人間としての人生を全うしながら、自分の「怖さ」を消化するために日々生きているのだと思います。

 

でも、今までの私たちは、「自分の怖いもの」に挑むこと無く、スルーしてきたことが多かったなぁと思うのですよ。

個々でいろいろな言い訳を作って、挑まないことを正当化してきたなぁと思うのです。例えば・・・

  • 挑んだら、後々すごく面倒臭いことにになるから、ここは辛抱しよう・・・。
  • わざわざ「寝た子を起こす」なんて、しない方が良いよね・・・。
  • せっかく今まで上手いこと順調にきているのに、どうして「流れ」に逆らうことをしなくてはいけないの?
  • 自分さえ我慢すれば、周りは丸く収まるのだから、ここで自分から声を上げることは止めよう・・・。
  • 収拾がつかなくなると困るから、このままにしておこう・・・。
  • 誰も気づいていないのだから、私も気づかないふりをしておこう・・・。

等々。

 

そうやって、心の中に沸き起こった思いや感情を「無かったこと」にして、みんなスルーしてきたのです。長いものに巻かれて、皆が同じ流れに乗っかって、角(かど)をたてないよう、迷惑をかけないよう、無理やり周囲の空気に自分を合わせて、空気に合わせて生きてきたのですよ。そういうときは、「怖いもの」を減らしていくことよりも、逆に「怖いものを増やす」ことの方が多かったかもしれません。

 

昔を振り返ると、老若男女問わず、誰もが「自分らしく生きる」ことが非常に難しかった時代でした。魚座の時代と言われた2000年は、まさにそれだったと思うのです。

思うように生きられない時代が長かったから、自然と「抑圧」や「支配」や「依存」や「主従関係」が社会のシステムとして存在し機能していて、それが新しい恐怖を生み出し、その恐怖体験が魂に刻み込まれて、トラウマがどんどん堆積していく・・・そんな時代を私たちの魂は生きてきたのだ・・・と思います。

 

でも、今は新しい時代です。

昔のような全体主義・集団主義の時代では無く、個々の自主性と自由を尊重していく時代です。自分の気持ちや感性を大切にして生きていく時代です。

 

ならば、「怖い」と感じることがあるのなら、「怖さ」にひれ伏して屈服するのではなく、勇気を出して「怖さ」を乗り越えていく。「怖くない」状態へ自分を導いていくこと。これが大切なのではないか・・・と思います。古い時代のシステムから脱するためにも、新しい時代のあり方を生きていくことが、今は必要なのだと思います。

 

もしも怖くて当たり障り無く無難に済ませているだけならば、ここで流れを変えるために、あえて「怖い」と感じていることに挑んでみること人生には必要なのでは無いか・・・と思うのです。

 

それも【冒険】。

人生という旅の冒険です。

未知のこと、新しいことは勿論ですが、怖いと感じること、今までとは真逆のパターンにもあえて挑んでチャレンジし、それらを体験してみることです。

 

私も毎日が冒険です。

でも、怖いものにあえてチャレンジして取り組むことで、自分の脳が勝手に作り出した「恐怖」の思い込みが解消していき、とても心地よいです。

どんな結果になろうと、すべては冒険によって得られた体験です。楽しんでそれらを受け取っています。そして面白がっています。

 

皆さんも、冒険してください。

自分が抱えている心の中の恐怖と闘ってみてください。

案外、闘ってみたら意外な結果を手に入れて拍子抜けするかもしれません。

心の中にいる恐怖という名のモンスターに負けないように…。モンスターに打ち勝って、もっと自由にいろんなことにチャレンジしてみてくださいね。

 

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ちょっとピンボケしていますが、青い雪虫。儚くとても綺麗でした。