森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

シンプルでいい

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先週末、関西方面を旅していました。

京都に宿を取り、京都を拠点にして大阪に行ったり神戸に行ったり・・・。もちろん京都も散策したけど、半分以上は京都以外の場所を行ったり来たりしていました。

以前は、京都と言えば神社仏閣を巡るのが好きだったし楽しかったけど、今はあまり興味がありません。

エネルギーがどうこうとか、パワースポットだとか、「この聖地に呼ばれている」とか・・・云々。こういうことに、以前の私なら嬉しくてワクワクしたことでしょうが、今の私は、「今の私に必要ならば行ってみるけど、パワースポット巡りにあまり魅力を感じないなぁ」・・・という心境に至りました。

その代わり、人が作り出したもの・人の手によって生み出されたものに、心惹かれるようになりました。

だから、寺院や神社に行っても何処を見るか・・・といえば、今は専ら「建築物」です。あと「杜」と「庭園」。

宮大工が作った建物&すみずみまで護持管理されてきれいな聖地内。それらは人の手が加えられたからこそ清らかで光り輝く存在・場所になっている・・・のですよ。今の私はそういうものに触れることが好きで、そこに心がときめくのです。

 

もしかしたら以前から、ずっと昔の子供時代から、私は人が作り出すものが好きだったのかもしれません。今まで忘れていたけど、実はそうだったのかもです。

ちなみに神社仏閣も「人の手によって作られたモノ」だし、山や森だってそうです。人の手によって定期的に手入れをしているから、美しい自然美も保たれているのです。 

今の私なら、神社仏閣の何処が好き?と聞かれたら、

  • 歴史が好き
  • 宮大工の『匠の技』を見ることが好き
  • 毎日、聖地内を清掃して管理して下さっている人々のエネルギーに触れるのが好き
  • 心を込めて神社の杜や寺院の庭園を手入れして下さっている庭師さんの心意気に触れることが好きだった。
  • この聖地の護持のために奉仕していらっしゃる氏子さんや信徒さんの真心が感じられるのが好き
  • この場所を聖地と定めた昔の人々の感性に感動

・・・と素直に答えると思います。

 

私は「神仏は存在する」と信じていますが、神仏が宿る場初(パワースポット)が、今もそれらしい風格を保って存在しているのは、やはり、その場所を先祖代々脈々と守り続けた人がいるからこそだと思うのです。毎年、決められた祭事や儀式を執り行い、畏敬の念を持って護持してきたからこそ、今も神聖さを保ちつつ、昔のまま残っているのだと思うのです。

そこに人が居なかったら、すぐに荒れて廃墟と化して消えて無くなっていますよ(汗)。

でも、そうならず、今も脈々と継承されているということは、人が居るからこそ・・・。常にその場所を誰かが守ってくれたから、今も続いているということ。ここにもっと関心を持ち、感謝することが大切なのではないかな・・・と思います。

 

だから、私は、パワースポットのエネルギーは、80%くらいが「その場所を守ってくださっている人々の真心のエネルギー」だと思ってるのですよ。場所のエネルギーよりも、そこを美しく守っている人のエネルギーが、清浄さ神聖さの元になっている・・・と思うのです。

それも一代限りでは無く、創建当時から今日に至るまでの長い期間、加えられ蓄積されてきた『人々の魂のエネルギー』・・・です。

 

だけど、最近の私は、そうしたパワースポットに行くことへの興味関心が薄れていき、それほど魅力を感じなくなりました。多分「卒業した」ということなんでしょうね。

それが良いとか悪いとかでは無く、純真に「今の私には必要なくなった」ということなのでしょう。

 

ですので、今回の旅も電車を乗り継いだり(駅や電車って最先端の技術が投与されていて、純真にすごいと思う)、日展など美術展を鑑賞したり、ハンドメイド市を覗いてみたり、地元では入手できない「欲しいもの」を買いに行ったり・・・云々。人とモノに触れることがメインの旅でした。

途中、ふと神社を見つけて寄ったりもしましたが、そこに私のエネルギーを置いてくることはしても、聖地のパワーをもらうことはしませんでした。聖地のパワーは、それが必要な人がもらえば良いのです。

 

 そんな今回の旅の最中に、ふと気がついたこと。

それは、何事もシンプルで良いということです。

  • シンプルに「どっちにする?」で、サクッと決める。
  • やりたければ、今やっちゃう。
  • 後回しにしない。
  • 素直に受け取る。
  • 何事もシンプルに受け取る。
  • 好きなものは、素直に好きで良い。
  • 正直さもシンプルに発揮する。

要は「複雑にしない」ということです。

  • 難しく考えず、思いついたことは、その時すぐにやってみる。
  • 計算しない。
  • 単純に体験を楽しむ。

ただ、それだけ。それだけで随分楽になります。楽に生きられます。

 

もしかしたら「旅先で必ずご当地のパワースポットに行かなくっちゃ」と思うのは、単に「価値観の刷り込み」(「こうあるべき」「こうすべき」)に縛られていたから・・・かもしれません。

わざわざ遠方の聖地に出向かなくても、地元の神様や仏様を大事にしているのなら、それで良いのですよ。

気になるなら行けば良いし、気にならないのならわざわざ行かなくても良いし、そこは自由なんですよね。だから、その時の気分に合わせて自分で決めればいいことだから、そこに「義務感」を入れないように・・・ということです。

 

いろんな感じ方があり、いろんな受け止め方があるのだから、どの場所に行っても、どんな所であっても、その人の魂レベルに合わせて自由にいろいろ受け取ることは出来るのだし、逆に自由に手放すこともできるのですよ。

感じなければ「私は何も感じない」で良いんだし、何かを感じてもムキになって誇示する必要も無いんだし、自分の今の気持ちに対して素直に反応すればいいだけのこと・・・それだけです。

 そういう感じで、これからはスピリチュアル的な感覚や価値観も精査されていくんじゃないかな・・・と思います。

自分に必要なものは取り入れていけばいいし、自分に不要なものは削ぎ落としていけばいい。いろいろ試して、自分の感覚で確かめて、自由に決めていけば良いと思います。これからは「群れる」必要も無いし、お金や権力でマウントする時代でも無いし・・・ね笑。

固定観念や刷り込みを外し、自分の感覚に従って、自由に行動して、自分に必要な経験を与えていく・・・ただそれだけですよ、人間の人生って。

こうして「人」も「社会」も「人との繋がり」も「世界」も、どんどん自由になり、更にシンプルに簡潔になっていくのだろうと思います。

シンプルを心がけて、シンプルに生きましょうね。

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この建物はロームシアター京都。文化的でモダンな雰囲気が好き。