森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

いろいろな「家族のかたち」を受け入れて認めていくときです。

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「自分に合わないもの」を無理して取り入れながら生きてきた人へ。

もう、これからは「自分に合わないもの」を無理して取り入れる必要はありません。

多くの人は、「皆もそうしているから」とか「そうしないと叱られるから」とか「これをしないと仲間はずれにされるから」とか「こうすることが常識だから」・・・等々。

 

自分以外の他者の意見や意向の中から「こうしなくてはいけない」理由を探し出し、それを一生懸命に守ろうとします。また、「こうしなくてはいけない」という掟(おきて)を守ることで、「自分の居場所」を確保しようとしてきました。

 

それに、一昔前の価値観は、世間の常識に自分を適応させて、周囲の空気に合わせながら生きて行くことが「正しい」というものでした。だから、昔はそうやって生きていくのが当たり前で、それが普通だったのです。それで良かったのです。

 

でも、時代は大きく変わりつつあります。少し前には「当たり前」だったことも、今や非常識だと嫌がられる時代。それとは逆に、昔は「間違っている」と言われたことが、今は「普通のこと」として受け入れられてきています。

そんな新しい時代を、私たちは生きているのです。ならば、時代に合わせて「自分たち意識」も変えていかなくてはいけません。

 

今までは、自分が属している集団の色に、自分も染まらなくてはいけなかったし、自分が属している集団の集合意識や価値観に自分を適合させていくことが必要でした。

でも、これからは、集団の色に自分を染める必要は無いし、集団意識に自分の意識も適合させる必要もありません。

自分は自分。

どんな集団に属していようと、ありのまま「自分らしく」していていいのですよ。

無理して自分を消す必要は無く、自分をただ出していけばいいのです。

 

ちなみに、この「集団」の中には、「家族」も当然入ります。

家族を「社会の中の一集団」と見なしたとき、家族も社会を構成する一つの集団と言えます。

昔ならば「家族は一つ」という価値観が強かったので、家族がずっと同じ場所・同じ家に一緒に居続ける必要がありました。でも、これからはそこにこだわらなくても良いと思うのです。

今でも、昔の価値観に縛られている人たちは、「家族はみんな仲良く一緒に過ごすべきだ」とか、「家族ならば、同じ屋根の下に集まり、肩寄せ合って暮らすべきだ」とか、「親子が同居するのは当然のことであり、それが常識だ」という感覚でいます。それを周りの人たちにも押しつけようとします。

 

一緒に居るだけでは収まらず、家族皆が自分と同じ価値観・同じ思想・同じ感覚・同じ嗜好・同じ趣味でないとダメだ!と言い出す人もいます。

家族を同じ色に染めようとするのです。皆が同じ方向を向いて、同じ色をしていないと「家族では無い」と淋しく感じるからです。

 

でも、そんな「同じ色」に染まることに執着して、そこに意識が縛られていると、どんどん家族の本筋から外れていき、ズレていくと私は思うのです。

家族の幸せとは、同じ色に染まることで決まるものではありません。

その集団の中にいると、

  • 安心して居られるか?
  • 穏やかな気持ちで居られるか?
  • 心が満たされるか?
  • 心と体が健やかに成長しているか?
  • 落ち着いて生活できるか?
  • やる気が出て未来に希望が持てるか?

・・・これが「幸せの定義」だと思うのです。そこに属している皆が、こうした気持ちを共有できるように、それぞれが努力し、取り組んでいくこと・・・。これが本来の家族のあり方なのです。

これは「家族」だけでなく、学校のクラスや職場、地域の活動グループ、趣味のサークル・・・等、様々な集団なかでも、この「幸せの定義」は当てはまると思います。

 

ちなみに、これが当てはまるのであれば、その集団は「今のあなたに合っている」ということです。

家族であっても合わない集団はあるし、血のつながりが無くも自分にピッタリ合っている集団もあります。努力して改善していくことは可能だし、皆で取り組むことで集団を成長させることもできます。でも、それは家族でなくても、家族以外の集団でも必要なことだし、取り組み次第でいかようにも出来ることです。

だから、家族の絆にこだわる必要は無いと思うのです。

 

血の繋がりや戸籍で繋がっている人たちとの関係に固執する価値観・・・。これが結果的には、家庭を密室化することになり、家族間の様々な問題を生じやすくしています。

密室化した世界では、エゴと欲が剥き出しになりやすいので、自分を客観的に律することができないと、つい油断して家族を支配する方向に動いてしまい、家族の問題を引き起こしやすくなります。

 

昔は、こうした家族間の問題に向き合い克服することで、心の成長と魂の進化を達成することができました。またカルマの解消にも必要でした。

でも、これからは、合わないものにいつまでも固執して執着するのではなく、必要に応じて切り離して、それぞれが自立していくことも必要です。

エゴと依存で繋がる関係から、血のつながりを越えて、シンプルに「愛と信頼で繋がる関係」へ・・・。自分のフィーリングと合う人たちで繋がり、心の絆を深めていく方が、これからの時代は建設的で健康的だと、広く受け入れられるようになるだろう・・・と思います。

 

ちなみに、どんなに仲の良い親子でも、また、どんなに信頼し合っている家族でも、個々が放っているエネルギーはそれぞれ違います。エネルギーの強弱や質の違いによっては、たとえ家族間の人間関係に問題が無くても、一緒にいると息苦しくなって辛くなることも多々あります。

そういう時は、無理しないで少し距離をを置くことも必要だろうと思います。

 

 

たとえば・・・。

我が家の例えで説明すると、私と私の子供は、お互いにエネルギーが強くて、しかも似たエネルギーなのですよ。しかもお互いに濃くて強力(汗)。

すると、磁石でいうと、同じS極同士、または同じN極同士みたいな感じになるので、一緒に長いこといると、エネルギーがパーンとぶつかりスパークしちゃうのです(汗)。

 

私たちは特に確執もいなし、トラブルはもないし、お互いに本音で語り合える親しい関係なのですが(・・・と母の私は思っている・汗)、ところが、エネルギーが強い者同士なので、何日も一緒にいると家の中が濃くなってパンパンになり、ちょっとしんどくなるのですよ~。

だから、お互いに了解のもと、別々に暮らしている・・・という訳です。

 

ちなみに、子供がまだ小さかった頃は、一緒に居て大丈夫でした。まだ幼かった頃は、子供のカラダも「お子供サイズ」なので、発するエネルギーも可愛くて小さかったのです。だから、私と一緒に居るときは、ちょうどいい塩梅になり、お互いに心地よく馴染んで良かったのです。

 

でも、子供が成長して「大人サイズ」の身体になり、意思も確立して自分の人生を自立して歩むようになると、濃くて強いエネルギーが全身からガンガンと発するようになりました。これは、エネルギーが一人前になった・・・ということで、無事に健やかに成長した証でもあります。

 

すると家の中に大人の濃いエネルギーが充満して息苦しくなるのです。稽古後の汗ドロドロのお相撲さんが、我が家の狭い居間のなかに10人くらい居るような感じ(汗)。むさ苦しいというか・・・。←変なたとえでスミマセン💦

 

なので、お互いの心地よさのために別居して暮らしています。これでエネルギーを中和しるのです。

 

こんな感じで、子供が大人になったのなら、そんな昔の価値観や世間体など気にしないで、お互いの心地よさとか、暮らしやすさとか、合理性とか、それぞれのライフスタイルなどを尊重して、自分たちにとって一番ベストな方法を選択すればいいと思うのです。

 

仲のいい家族間でも、エネルギーが濃すぎて一緒にいることがしんどく感じられることがあるくらいなので、ましてや全く気が合わない険悪な家族と共に暮らすとなると、エネルギー的にも相当なストレスになりますよ(汗)。

 

でも、今も昭和的な感覚を「正しい」と盲信している人は、何が何でも「家族は一緒に暮らすもの」信仰にすがりついて離れないので、それを必死になって家族に押しつけ守らせて、現状維持で頑張ってしまうのでしょうね。

 

この「家族は一緒に暮らす」というスタイルを、家族全員が心から好んでいて、大家族で一緒に済むことが、皆の幸せであり、それを切実に望んでいるのなら、それはそれで良いのですよ。むしろ、そうすべきです。

 

でも、家族のなかに「一緒に暮らすこと」を望んでいない者がいたり、エネルギー的に一緒に居ることが難しい場合は、その気持ちをちゃんと汲み取って、「一緒に暮らさない」という選択をしていくことが大事だと思います。

 

「離れることなく同じ家に仲良く一緒に暮らさなくてはいけない。」

それを強行することで、世間に「仲の良い家族」アピールが出来るとか、人様に自慢できるとか、素晴しい家族だと認めてもらえる・・・等。ただ単に自分の虚栄心を満たすために、一緒に暮らすことを目指す場合、それは「愛」はなく、ただの「エゴ」ですよ。

 

また、家族がそばにいてくれないと自分が不安だからとか、自分が期待した家族の形を手に入れたいとか、自分の心の貧しさを埋め合わせるために、家族を自分のもとに引き寄せて支配したい・・というのであれば、それは単なる「執着」です。

 

これらの場合は、お互いにエネルギーが元気すぎて有り余り、エネルギーがスパークする・・・なんてことは無く、それどころか逆に相手のエネルギーに食い付いて吸い付くそうとしているのです。

 

エゴや執着でしがみつかれると、人はエネルギーを吸い尽くされて消耗し、活力がなくなって行動できなくなります。そのうちにエネルギーの出し方すら分からなくなって弱っていき、相手から刷り込まれた罪悪感でますます身動きがとれなくなり、生きる気力を失って心身が病んでいきます。

こうならないためにも、まだ元気で生き生きしているうちに、自分はどうしたいのか?をちゃんと見極めて、自分で判断して行動していくことが大切だと思います。

 

家族であっても合わないこともあるんだし、一緒に居られなくても、それを悪いことだと決めつけなくてもいいのです。

いろんな「かたち」があり、いろんな「スタイル」があり、いろんな「生き方」があるのです。そんな多様性を家族のなかにも見つけて尊重していく・・・。これがとても大事なのです。

 

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今日は少しだけ雪が降りました