森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

最近「心の質」も二極分化してきたなぁ・・・と感じます

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最近、私の周辺でも2極分化が進んできたなぁ・・・としみじみ感じます。

この2極分化ですが、目に見える部分の格差(収入や学歴、職歴や肩書きなど)ではなくて、「心の質」の2極分化です。

分かりやすく説明すると、

「成長する気がある者と、成長する気が無い者」の違い・・・なのですが、成長する気が無い人たちは、最初から怠けるつもりでずる賢く逃げている訳ではなく、強烈なコンプレックスがもともとあって、そのコンプレックスが原因で、目の前にある問題と向き合うことから無意識に逃げているのですよ。

本来なら、問題に直面する度に、嫌でも自分のコンプレックスを自覚することになるのですが(本来はここから「自分を知る」作業が始まる)、自分のプライドが邪魔をして、自分のコンプレックスを自覚することを避けようとするのです。

ちなみに、自分のコンプレックスと向き合うことを邪魔するために、脳が利用して使ってくるのが「恐怖」の感情です。

人は怖いと感じるものを避けようとします。それは自分の命を守るための自己防衛本能でもあるのだけど、それを利用して「得体の知れない怖さ」を感じさせることで、コンプレックスに触れることすらさせないように・・・自分の問題に取り組むことを禁じてくるのです。

(自分をより良く成長させていく・・・ということは、脳から見れば非常に怖いことなのでしょうね。だって「未知の自分」に変貌していくわけですから。制御不能になったらどうしよう・・・と怖くなるのだと思います。本当は真逆なのに・汗)

 

結果、いざ問題が出てきた時、「自分のなかにも、何か原因や課題があるのではないか?」・・・という内省の視点が持てなくなり、自分を省みることが全然出来なくなります。内省しようとすると感情的な反応がドバドバと出てきて、軽いパニック状態になり、キチンと自分を見つめ直すことが出来なくなるのです。

その代わりに、原因や課題を「自分以外の他者」になすりつけ、他人のせいにすることで、「自分には何も問題は無い」と結論づけるのです。こうしておくと状況は変わらずにいられるので、脳は安心します。

(脳って実は「変化」を一番嫌がるのですよ。安心・安定へ無理やり持っていこうと、思考を操作したり行動を制御しようとするのです。)

だから、こういうタイプの人たちは、とにかく自分のことは棚に上げて、他者の問題点や欠点をたくさん見つけて挙げてきます。鬼の首を取ったような勢いで、他人の悪口は留まること無く出てきます。こうして、他人の非を言い訳にして自分を正当化し、問題に取り組むことから逃げようとします。

また、更にたちが悪いことに、自分の言い分や言い訳、自分を正当化する話を、第三者の他人にもベラベラと喋り、自分の味方を増やそうとするのです。自分の支持者の数をもって、自分の正当性を強化しようとするのです。

(つまり「他人を利用する」ということです。これが天才的に上手くて巧妙です・汗)

 

こうして、何か問題が起きても、すぐに「私は悪くない。あの人のせい。」と問題の本質をすり替えていくのですよ。すり替えて、私は被害者・あの人が悪い・あの組織は酷い・・・と他者を悪者に仕立てることで「時間稼ぎ」をしているのです。

ちなみに、ここで言う「時間稼ぎ」とは、問題の先送り・・・、つまり「自分を見つめ直して内観する機会を先送りしている」ということです。

 

こういうタイプの人たちは、最初から「自分のコンプレックスを克服する」という気も無いし、それ以前の「自分はどういうコンプレックスを持っているのか?」ということすら知らなかったりします。

自分のことが全然わかっていないし、自分を知らなすぎるのですよ。

だから、問題が起きても、問題を解決させる力もありません。ずっと逃げてきたから、問題を根本的に解決させる力が身についていないのです。

普通は、「問題の解決に向けて取り組むと同時に、自分の内面も深く掘り下げて、自分の中にあるコンプレックスや気質的な問題点も取り組む」ことをしていくのに、それが一切できません。

うまくいかないことがあっても、自分にとって都合の良い話にすり替えていき、そんな自分の妄想を「正しい」と信じ込み、脳天気に上手くいくことを期待して願うだけだったり、他者を責めて自分は可哀想な被害者だと嘆いたり・・・と、自分から問題を解決させるという意欲もいなのですよ。最悪「向き合わずにサッと逃げる」というのが、その人にとって唯一の問題解決方法なのです。

だから、どんなに長いこと生きてきてても、肉体年齢は高くても、全然成長しないし低次元のままなのですよ(汗)。

 

最近、こういうタイプの人が目立つようになりました。

というか絶対数はいたと思うのですが、以前は見えてこなかったのです。

成長していく人か、成長しない人か・・・の見分けが付かないし、またそういう視点で人を見ることも必要なかったので、だからサッパリ分からなかったんです。

問題から逃げてきた人たちも、上手に隠れていたし、社会の中に潜り込めば適当に隠し通せたのです。

以前なら、少しばかり突出した能力や技術をもっていたり、見た目が良かったり、苦労していたり(日本では苦労は美徳なので、苦労人だと聞くと、皆が勝手に「良い人」だと脳内変換しちゃうのです。ピンキリなのに汗)、性別や年齢が特権になっていたり、華々しい学歴やキャリアをもっていたり・・・等々。これだけのことで、みんな勝手に良いイメージを持っちゃって、勝手に信じ込んでしまい、下駄を履かせてくれたのです。だから、それだけで自分の未熟さや足りなさを隠せたのですよ。

でも、ここ最近は、そういう下駄を履かせてもらっていただけの人たちの「もともとの姿」「本来の状態」がどんどん暴露されています。

 

つまり「もう騙せない」ということです。今までは隠されてきたその人の地金・・・というか地力が「本物の光」となって、だんだん見えるようになってきたのです。代わりに、偽物は、何をやっても隠せないし、むしろ動けば動くほど、また喋れば喋るほど、自分の未熟さが晒し出されてバレていく・・・そういう感じです。

張りぼては見透かされて見切られる・・・そういう時代になってきました。

 

だから今、コツコツ地味に取り組んで成長してきた人たちと、人に擦り付けて逃げ回ってきた人たちとでは、大きな格差が生じています。

地味だけど地力を付けてきた人たちは、本質から目を背けること無くズバリ核心を突くことが平気で出来ます。今まで高いハードルを何度も越えながら、全身傷だらけになって自分と向き合ってきたからこそ身についた「強さ」と「たくましいさ」、そして、何が起きても動じない「覚悟」があります。

でも、ずっと逃げ回ってきた人たちは、今もズルズルと調子の良いことを言い、自分に都合のいいファンタジーな話を妄想して作り、面倒なことや嫌なことは全部「人のせい」にして、問題が起きる度にどんどん本質からズレていることばかりしています。

 

「本質からズレてている」ということは、ズレたことをすればするほど、また更に「2極分化の深みに向かって突き進んでいる」・・・ということでもあります。

 

「どうしてそっちに行くのかな?」「何でそっちを選んじゃうの?」と、今までコツコツ成長してきた派の人たちは、逃げてきた派の人たちの選択や行動に「疑問」を感じるのですが、でも、当の本人達は「これがいい」と自分で決めて選んでそれをしているのですよね・・・。

ならば、それを自由にさせてあげるのが「愛のかたち」なのかなぁ・・・と思います。それについて責めたり文句を言うのも、もう面倒臭いのですよ(笑)。

余計なことは言わず、その人の好きなようにさせてあげる、自由にやらせてあげる・・・これで良いのだと思います。

 

こうして心の持ち方・あり方にも格差が広がっている今、違う世界に生きる者は、もう関わり合わないことがベストなのかもしれません。

こちらが「それは止めたほうが良いんじゃないの」と言っても、相手は「私の気持ちを分かってくれない」とか「嫌なことを言われた」と言って、また人のせいにして怒りを向けてくるので、当たらぬ神に触り無し・・・です。

好きなようにさせてあげて、いつか目が覚めて自分から気づいて立ち上がるまで、自由にさせてあげましょう。

そして、その分、私たちは自分の興味関心に従い、自分のやりたいことややるべきことに集中して取り組み、自分を更に成長させていきましょう。

 

人は、様々な体験をしていくことで成長していきます。

同じことをグルグル繰り返している人たちに無理して合わせなくてもいいから、そういう人たちはそういう人たちの世界で生きていくのだから、私たちはその世界から離れて、自分の世界でどんどん先へ進んでいきましょう。

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スィーティを食べました。美味しかったです。