森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

「過去の記憶」に支配されることから脱して、今の自分を生きる

【スポンサーリンク】

私の知り合いで、こんな人がいます。

その人は、以前はとても支配的で過干渉な人でした。内弁慶で、家族以外の人にはすごく気を遣って「良い人」ぶるのですが、心を許した相手になると、とたんに怒りっぽくて僻(ひが)みやすい性格になり、自分の我を押し通してヒステリーを起こすことも多々ありました。なので、周りの人は腫れ物に触るようにピリピリ気を遣いながら接していました。

ところが、そんな気難しいこの人も、ここ数年の間に少しずつ良い方向へ成長していき、最近では、とても穏やかで明るくなりました。以前のような頑固さや怒りっぽさがなくなり、ひがみ癖や支配癖も消えていき、気分が安定してきて、周囲の人も「あれ?随分と変わったなぁ」と驚くほど変化したのです。

以前と比べたら、すごく付き合いやすくなりました。

 

ですので、今の落ち着いて穏やかな状態が「普通」になってきて、昔のその人の性格を皆が忘れてしまうほどでした。おそらく当の本人も、今の穏やかで落ち着いた状態が「当たり前」になってきて、心地よさを感じていると思います。

こんな感じで、その人に対する私たちの認識は大きく変わり、また、その人自身も、新しい今の自分を楽しんでいるようで、とても良い感じにおさまっていました。

 

ところが、先日、その人の昔馴染みの人が訪れて、久しぶりに再会していきました。

その昔馴染みの人とは、かつての気難しかった性格の頃に深く関わった人で、その時、この二人はとても仲が良かったです。

そんな懐かしい人と再会したその人は、昔馴染みの人と同じ時間を過ごしているうちに「昔の自分」にフィールドバックしてしまい、「過去の自分」に引き戻されてしまいました。

昔馴染みの友が帰った後、その人は、また元の性格に戻ってしまったのです。

本人は全く自覚がなかったかもしれませんが、そばに居た私たちには、その変化に気がつきました。明らかにいつもと違う雰囲気でした。

すごくイライラしていて、私たちの関心を引くような「誘導尋問」的なことをしつこく言い出したり、気に障ると嫌味なことを言い放ったり、ひがみ易くなっていたり、ちょっと気に障るとすぐに感情的な態度を剥き出してきたり・・・等々。

挙げ句の果てには、昔のように、私たちに「こうしなさい」「ああしなさい」と命令してきて、それを無視するとヒスを起こしてキーキーと怒りを放ちます。

ああ・・・、また元に戻ってるわ。

私はドキドキしながら、その人の様子を観察しました。

そのうちに、その人はどんどん調子に乗ってきて、自分の意見を私たちに一方的に押しつけ始め、私たちの態度で気に入らないところを見つけて怒りだし、私たちを責め始めました。

まさに「昔のその人」そのまんま・・・。ああ、昔の私たちは、今のこの状態の中で一方的に言われっぱなしだったんだなぁ・・・と思い出しました。

 

でも、「今の私」は、その人に感情移入しすることなく、淡々と

「何が言いたいのか、私には意味がわかりません」

「そう言われても、私はそれを今初めて聞いたので、私にはどういうことはさっぱりわかりません。」

・・・と言い続けました。ちゃんと自分の意見を言って、その人のペースに巻き込まれないように注意しました。

 

すると今度は、その人は私たちに「こうしなさい」「ああしなさい」と命令してきました。

それに対しても、私は

「いやいや、私はそんなことはしませんよ。」

「こうしなくてはいけないと、頭ごなしに決めつけないでくださいね。」

「いや、各自で好きなようにやればいいことでしょう?」

・・・と切り返して、スルーしました。

相手の攻撃に対して、こちらも感情的に反撃すると、相手のネガティブ感情を受け取ったことになるので、それは絶対にしません。相手のネガティブな感情を受け取ると、相手と自分の間にエネルギーコードが繋がってしまうからです。

エネルギーコードが繋がってしまうと、相手のネガティブなエネルギーを私が吸収してしまって悪い影響を受けたり、また逆に、相手に私のエネルギーが抜き取られてしまいます。

そうなると、支配と隷従の関係に陥り、依存し合うようになります。

こういう関係は、もう御免・・・という気分なので(汗)、とにかく感情的に引っかからないよう、何を言われても表情一つ変えず淡々と答えて、答える必要がない場面では無視してスルー。

そうやって場を取りなし、用が済んだら、その人の前から私は立ち去りました。

 

立ち去った後は、もうその人のことは考えない。

頭から消し去る。思い出さない。心の中でぶり返さない。

・・・これを徹底しました。

「思い出す」というもの、実は相手に自分の心が粘着しているから起きていることなのです。粘着しているときは、自然と相手との間にエネルギーコードが繋がります。

繋がっている間、私たちは相手のことを悶々と思い出しています。思い出しながら、過去のその人のこと・・・つまり「過去の記憶」を何度も繰り返し脳内でリピートしている訳です。数分前の出来事であっても、済んだことは全て「過去」です。

過去の出来事を、何度も何度も頭の中で繰り返し再生して、ずっと思い出し続ける・・・ということは、あまり良いことではありません。

それが悪いこと・ネガティブなことであれば、なおのこと。心を汚すだけです。

だから、私は思い出さない。そう決めています。

こうして「ネガティブな記憶に縛られない」「過去に執着しない」「頭の中で何度も過去の記憶をぶり返さない」を意識して取り組んでいると、昔の記憶に苦しめられることはありません。ずっと思い出さないでいると、人間の脳はゲンキンなもので(笑)、忘れちゃうんですよね~。

強烈な記憶であっても、長い間、思い出さないでいると、それが「日にち薬」になって、だんだんと風化して薄れていくのです。

そうなれば、もう苦しめられることはありません。

「今の私」のまま、自由で明るく過ごせます。

こうやって、自分の心を悪感情で汚さないように心がけています。

 

私たちに悪態をついたその人は、懐かしい人に再会したことで、昔の記憶を呼び起こし、無意識に「かつての自分」に戻ってしまったのでしょう。

過去の自分に戻り、過去のやり方をまた繰り返してしまったのだと思います。

一見、すごく変わったので非常に成長しているように見えましたが、まだ成長が浅かったのでしょう。成長した部分が柔らかくて、まだしっかり固定されていなかったのです。だからぶり返しちゃったのです。

でも、成長の過程では、「3歩進んで2歩下がる」ことはよくあるので、それでいいのです。簡単に戻ってしまったけど、その戻った状態に当の本人が「心地悪さ」を感じて、また良い方向へ成長しよう、もう戻らないようにしっかり自分を律していこう・・・と自覚できればいいのです。

これも大切な体験です。

 

そして私は・・・。

ある時、「過去のその人」がポンと出てきても、私は「今の私」で毅然と対処すればいいのですよ。出てきた時に、臨機応変に対処すれば良し。出てこなければ、いつも通り接すればいいのです。

相手が「昔のその人」になったからと言って、私まで以前の「その人に支配されていた過去の自分」に戻る必要はありません。

私はもう成長したのです。だから私は、一瞬「ああ、嫌だなぁ~」と不快に感じたけど、また昔の自分にフラッシュバックすることなく、「今の私」としてその人と向き合えたのだと思います。

 

おそらく、今回の私のような体験を、多くの人もしていると思います。

「昔の自分」「昔の相手」・・・これは単なる記憶です。

記憶に支配されていると、目の前の相手のことも、昔の記憶のまま、時間が止まった状態で相手を見てしまうのです。それで恐怖を感じたり、相手を見下して支配しようとしたり・・・云々。

でも、恐怖を感じたのも、相手を支配してきたのも、昔の記憶の世界なのです。

今はもう違う、違う自分に成長したのだ・・・。

そう実感するのなら、もう昔に戻る必要はありません。

戻らなくてもいいのです。

そこの部分の線引きを、各自、心の中でしっかりしておいてください。

 

昔に戻らなくても良い。

それは、過去の記憶だ。

記憶に縛られない。

私は自由だ。

私には成長する自由、成長する権利がある。

また、相手にも成長する自由、成長する権利がある。

 私たちは平等なのだ。

 

・・・そう自分に強く言い聞かせて下さい。

そして、勇気を持って、「過去の記憶」の呪縛を突破し、その先にある「新しい自分」に到達して下さい。

 

そうすることで、相手もまた「過去」に縛られている自分に気づきます。

気づいて、そこから成長を始めるのです。

 

f:id:mama-papa-131106:20200530220529j:plain

昨年秋に上高地で撮った写真。地震が頻発している焼岳です。