森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

記憶を「楽しさ」と「喜び」で塗り替えていく

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今日から7月。2020年の後半戦が始まりました。

でも、季節はまだ梅雨の真っ只中なので、今もズルズルと今年前半の名残を引きずっているような感じがします。

振り返るとこの6月は、過去の記憶と向き合い格闘してきた一ヶ月間だったなぁ・・・と思います。

 

ちなみに、前々回に書いた記事がこちら↓

www.emiko258.com

 

更にnoteでも、こんな記事を書きました。

note.com

6月の梅雨の頃は、高湿度と蒸し暑さのせいか、毎年、過去のエネルギーやネガティブな集合意識に繋がりやすいのだけど、今年も例年同様、そういうエネルギーに引っかかることが多かったです。そして、心身ともにしんどくて苦しい・・・(汗)。

でも、いつもと違うのは、出口の見えない苦しさではなく、出口に出るために必要なことをさせられている・・・という苦しさでした。

最後の決着をつけさせられている・・・苦しさ。つまり、今まで中途半端に済ませて、有耶無耶にしてきたことを、今度こそは決着をつけて片付けなくてはいけない・・・という感じでした。

おそらく私だけでなく、他の皆さんも同じだったと思います。

もう済んだはずの過去の記憶や感情がモヤモヤと出てきて、それらに無理やり向き合わされて対峙させられている・・・そんな日々でした。

だから、もう忘れてしまいたかった過去まで、ほじくり返すように次々と思い出されて、「そういえば、あのときは、こんなんだったなぁ・・・」と当時の感情まで生々しく掘り起こされて、私的にはホントに大変でした。

 

でも、これらの記憶も感情も、本心はみんな成仏したいのですよ・・・。

過去の私も、記憶の中の自分も、当時の思い出も感情も全て、いつまでも生々しく記憶に刻まれづけるのではなく、サッパリと流し、それらは全て「過去のこと」として、「今の自分」と区切りをつけたいのです。

 

しかし、「今の私」の脳が、それを許してくれません。

一度、脳に取り込んだ記憶を手放すことを、私達の脳は決して許さず、いつまでもしつこく過去の記憶を脳裏に留めておこうとしました。そして、私たちの隙を見て、鮮明に生々しく「当時のこと」を思い出させ、「今の私」の感情を揺さぶってきます。

「過去の自分」に感情移入させて、「過去の私」と同じ思いを味わわせようとしてきます。

 

そのまま流されてしまったら、ネガティブな感情に飲み込まれ、どんどん気持ちが落ち込み、気が病んでいたと思います。

でも、「今の私」は、もう昔の自分ではありません。同じ手に引っかかることがないよう、自分を律することに集中しました。

 

こんな感じで何度も何度も「過去の記憶と感情」にアタックされて、心身共に消耗してヘトヘトになりましたが(汗)、そのたびに、記憶の波に飲み込まれないよう、自分をしっかり持ち続けることを頑張りました。

 

それが6月。

過去の記憶と感情は、まだ時々、ゾンビのようにしつこく甦ってくるけど、もうそこに執着しないことにしました。

 

そして今日から7月へ・・・。

今度は、

過去にしがみつかない。

これを意識していきたいと思います。

過去の記憶と感情をもう充分に味わい尽くしたから、「ごちそうさま。もう要らないよ。」と言って、サッパリと手放していくのです。

こうして手放して、ポッカリ空いた空間には、

新しい体験を自分にどんどん与えて、新しい記憶で埋めていく。

・・・これを心がけていこうと思います。

 

更に、体験を自分に新たに与えていくとき、今までなら「どこへ行ったのか」「誰と会ったのか」「何をしたのか」が大事だったけど、これからは
その時、自分は何を感じたのか?何を思ったのか?

・・・を大切にしていきたいと思います。

何をしていても、誰に会っていても、その時、自分が幸せでなかったら、また「苦しくて辛い思い出」「悲しくて嫌な思い出」が増えていくだけです。

皆さんも今後は、ワクワクすること・楽しいこと・嬉しいこと・幸せ・喜び・居心地の良さ・尊敬と敬愛・安心感・・・等を心から感じて味わえる体験を、自分にどんどん与えてみてください。

コロナ禍のなかにいても、出来ることがたくさんあります。自分の足下にいっぱい転がっていますよ(笑)。たくさん見つけて、どんどん体験してみてください。

そして、自分の記憶を「楽しさ」と「喜び」で明るく塗り替えていきましょう。

 

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白い紫陽花の花言葉は「寛容」。まずは自分に寛容になることです。