森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

「感じる」ことを恐れないで・・・

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最近、感じることですが・・・。

センシティブな人たちの中には、自分が感じることに対して、ただ感情的に揺さぶられて精神的に振り回されるだけで、自分のメンタルをどうキープするのか?については無頓着・・・という人が結構いると思うのですよ。

感じやすくて辛いのなら、この状態から抜け出すために、具体的な対策を練ったり、自分が良いと感じることを実際にやってみたり・・・等、いろいろ工夫して「今の自分」をご機嫌にすること(自分を守ること)が大事なんだけど、そこまで気が回らなくて、この状況は絶対に変えられない、我慢して耐えるしか無いんだ・・・と諦めている人が多いように感じるのです。

更に、センシティブであることが、何か「特権」みたいな感覚になり、他者とちょっと違う自分でいることに優越感を感じている・・・というか、「センシティブ」であることを全面に出すことで他者を牽制しているというか・・・。何だかんだ言いつつも、結局は「センシティブである自分」を盾に自分を特別扱いしているというか・・・。そういう感じの人を、最近チラホラと見かけるんですよね(汗)。

 

センシティブな人の大変さ、私もそうだからよく分かります。過敏であるが故の「大変さ」を抱えて、この世界を生きて行くことは過酷なことだとわかります。

でも、その過酷さや大変さも、私は「その人にとって貴重な人生経験」だと考えているので、もちろん、そのままでOKだと思っています。魂の経験として「苦労」や「困難」も必要なことであり、その苦労をじっくり味わうことも「成長の糧」になるからです。

でも、なかには、もうそこから抜け出すタイミングに来ているのに、いつまでも「センシティブな自分」をウリにしていて、不調な状態を手放さず、そんな自分にいつまでも執着してしがみついている人もいるんですよね~。

 

自分では、「私はとっても感覚が研ぎ澄まされていて、センシティブな人間だ」と思っている人であっても、案外、思考で物事をジャッジして、思考で自分の振る舞いも決めている・・・。そういう傾向を、最近は強く感じます。

 

つまり、

『センシティブ=不安定で病弱』

・・・みたいなイメージが、ずっとあると思うのです。

このイメージ(固定観念)を固く信じていて、自分が信じる「センシティブな人の特徴」を生きようとするんです。そして、そのイメージを手放そうとしない。ずっと同じ場所に居続けて、同じ事をグルグル繰り返して、ずっと「辛い、苦しい、しんどい」と言い続けているんですよね・・・。

 

でもね、本当に感覚的&直感的に生きている人ならば、今のこの自分の状態を手放そうと立ち上がっているはずなんです。

直感的であるのが本物ならば、自分の肉体に起きている変化に対して「どう対処すると良いか」も、ちゃんと直感的に感じとっているはずです。

 

でも、思考に縛られている人たちは、自分が直感的に感じ取った対処法を実際にやってみることができません。できない原因は、脳(思考)がストップをかけるからです。

 

過去に、頭に詰め込んだ知識や情報、固定観念や価値観、先入観や思い込み、等々。今まで脳に蓄積してきたデータを基に現状を分析するのですが、この時、思考が「そんなことはしちゃダメだ」とストップをかけるのですよ。

 

もうちょっと分かりやすく説明すると、まず、「肉体&魂」と「脳」は別物だと思って下さい。更に、これらを自分から切り離して俯瞰して感じてみてください。

意識の中で「それぞれ別のものだ」と分けて捉えるのです。

その上で、何か行動してそこから何かを感じ取ったとき、「肉体と魂」は好奇心旺盛ですぐに興味を示して「いろんなフィーリング」をキャッチするのに、「脳(思考)」が、いろんなフィーリングを自由に受け取ることを阻止するのです。脳で処理しきれないことは全部「拒否」で、無理やりストップをかけるのです。このとき、脳(思考)は、感情を使って阻止しようとします。

ちなみに、脳が行動を阻止するために生み出す感情とは、「恐怖」と「不安」です。「怖いぞー」と恐怖心を煽って「心配」を溢れさせ、ネガティブな感情を感じさせます。こうして、恐怖心を利用して人間をコントロールしようとするのです。

 

 

特に、センシティブな人たちは、今までの人生で、人から非難されたり差別されたり不当な扱いを受けてきたため、心が傷ついている人が多いです。人一倍、恐怖心や不安が心に刻まれています。

そのため、もうこれ以上傷つきたくないから・・・と、自分でも気がつかないうちに「傷つかないように、自分を守る」というアプリを自分にインストールして生きています。

だから、何かが起きると、この「自分の心をこれ以上傷つけない」というアプリが作動して、身体や心にいろんな反応が起きるのです。

確かに、昭和時代から平成の初めまで(1900年代)は、センシティブな人たちには非常に生きにくい時代でした。この「自分を守る」というアプリは、無事にこの世界を生き抜くためには必要だったと思います。

 

でも、今は新しい時代です。

古い固定観念は脱ぎ捨てて、本当の自分を堂々と出していく時だと思います。

 

私自身、幼少期からとってもセンシティブで、世の中の全てのことに摩擦を感じ、とっても傷ついて生きてきました。だから、センシティブな人たちの大変さや苦労はよくわかります。

しかし、いつまでも「私は傷つきました」で生きていくのは、もうそろそろ手放すべきでは無いか・・・と思うのです。

 

この新時代、私たちの肉体と魂は、宇宙から燦々と降り注ぐ「変化のエネルギー」を感じ取り、新しい自分にアップデートしたがっていると思います。

 でも、脳(思考)がそれを拒否していて、従来のやり方を続けようとするのです。

脳(思考)は、一度インプットしたことは最後まで忠実に実行しようとする機械(ロボットやコンピューター)みたいなものです。あなたが、そのシステムのスイッチをオフにしない限り、最初にあなたがインプットした通りに忠実に、あなたの言動を制御しコントロールしようとします。

今のこの状況に対しても、脳(思考)は従来通り、あなたに「恐怖心」と「不安」を感じさせ、あなたの前向きな行動を阻止しようとします。過去のネガティブな記憶をよみがえらせ、何度も「過去に感じた嫌な感情」を繰り返し味わわせ、「もうこれ以上、先には進むな!」と止めに入るのです。

でも、これは遠い昔、過去の様々な体験から「私はもう傷つきたくない」と思い、その対処法として「自分を傷つけるモノを全て遠ざける」という設定に、自分でインプットした結果・・・なんですよね。脳は誠実で律儀だから、その時の設定通りに、今も何かを体験するたびに「傷つかない」ように心のブロックを作動させ、自分をコントロールしているのです。

 

こんな感じで、肉体や魂は感じた通りに「変化する」方向へ流れていきたいのに、脳(思考)はそれを阻止して、元に戻そうとする・・・。

つまり、肉体と魂VS脳(思考)という対立が生じているということです。それぞれが向かっているベクトルが真逆なため、自分の中で大きな摩擦が起き、それで心身のバランスを崩して不調なのではないか・・・と感じます。

 

これを乗り切るには、勇気を出して「固定観念」や「思い込み」を手放すことです。「自分はセンシティブな人間なんだ」と決めつけて、そこから一歩も動こうとしないことも、今は時代遅れ…。昔のスタイルなんですよね。今は、たとえセンシティブでも、全方向へ自由に自分を変えていくことができるんです。

それも、真に感覚的で直感的な人なら、すでに知っていることです。

 

 

「感じること」にもっと心を開いてください。昔、脳にインストールした「自分をこれ以上傷つけない」というアプリは消去して手放し、「別に傷ついてもいいや」と覚悟を持ちましょう。傷つくことを自分に許可した上で、そっと「感じる部分」を開いてみて下さい。

 

感じる能力をオープンにすると、またネガティブな人の攻撃を受けて深く傷つけられるのではないか・・・と恐れている人が多いかもしれませんが、もうそれは昔の前時代間の話です。いつまでも過去の記憶に支配されないように、「今」を生きて下さいね。 

 

 世界は大きく変化しています。もう昔には戻れませんし、戻りません。

だからこそ、勇気出して、自分をオープンに開いていきましょう。これからは「感じる」力がすごく必要です。自分の感覚を使ってエネルギーや世界の流れを感じ取っていかないと、生き残れない時代に突入したのです。

私たち人間も、変化を受け入れ、新しく生まれ変わらなくてはいけない時なのです。

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公園で見つけた丸太。新しく生まれ変わるとき。