森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

「我慢は美徳」の時代は終わった

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「我慢強い人」

結構多いですよね~。

我慢強さは良いことだと思っている人も多いです。

 

昔は「我慢は美徳」という価値観が一般的だったので、みんな「我慢強い人」になるよう、躾けられてきたと思うんですよ。

ちなみに「我慢」とは、私は、「定められた枠の中に、大人しく収まり続けられること」だと思っています。

決められたルールや制限の枠に「自分」を無理やり押し込めて、その枠の中に、長い間(もしかしたら死ぬまで)、ずっと居続けることができる力。これが日本人の「我慢」だと思うのです。

「男は泣くな」と言われて「泣かない」という枠に自分を収め込んだり…。

「女の子は結婚して家庭に入るのが幸せ」と言われて、「結婚して家庭に入る」という枠に自分を収め込んだり…。

その他にも「こうすべき」「こうしなくてはいけない」が社会にはゴロゴロとたくさん転がっていて、私たちは、そうした枠を見つけると、慌てて自分に当てはめて、自分を枠の中に入れてカカチカチに固めていったんですよね。

枠が多ければ多いほど「我慢強さ」が必要になります。

自分の個性や気持ちが、枠からポロリとこぼれ出てこないよう、必死に奥まで押し込んで、きれいに自分を枠の中に収め込んだのです。

 

こんな感じで、昔は「我慢」が当たり前で、「我慢」ができないと生きていけなかったから、幼い頃から「我慢」の枠に無理やりはめて、そこで忍耐力や持久力、粘り強さや根気を培ってきたのだと思います。

で、「我慢強い子」は褒められる対象だったし、また「我慢強い人」も良い人だと高く評価されてきました。

 

この「我慢」の力を培うための「枠」。

例えば、学校だと一日のスケジュールがかっちり決められていて、更に、カリキュラムや授業時数も年間を通してしっかり決められており、縦にも横にもガッチリきめられた「枠」の中で、子供たちは日々学校生活を送っています。

規則正して生活習慣を身に着けるには、とても効果的で良いシステムだと思いますが、中には、この「枠」に自分を当てはめて収めることが、どうしてもできない…という子もいます。

それは「ワガママ」とか「自分勝手」とか…等、そういうことではなく、どんなに頑張っても生理的に合わない子もいるんですよね。

枠の中の生活がピッタリ合っている子は良いんだけど、どんなに頑張っても合わない子は、最近は社会でも認知されつつありますが、まだまだ世間の端に追いやられて、日陰の存在となり肩身の狭い思いをしていると思います。

こうした「枠に入れない子」は、ちゃんと教育を受けられなかったり、集団の輪を乱す者だと認定されて除け者にされたり、人生の落後者というレッテルを貼られる…なんてこともあります。

 

これは、結局は「我慢は美徳」という価値観にあてはまらない人は、バツとして不幸になる&社会から排除する…という、昔の古い感覚にもとずく掟(おきて)が今もまかり通っているからなんでしょうね。

 

我慢できないのは「悪」という価値観。

我慢ができる人が「素晴らしい」と評価される世界。

 

これ自体、もう古臭くなっていて、今後は機能しなくなるんだろうなぁ…と思います。

◇◇◇

 

私も昭和世代なので「我慢」をずいぶん仕込まれてきました。

「自分さえ我慢すれば、この場は収まるんだ」と感じて、必死に我慢してきたことも多々あります。

「今、我慢すれば、後々きっと幸せになれる」という刷り込みも、いっぱい受けてきました。だから、未来の自分を幸せにするために「我慢」を貯金のように積み重ねてきたんですよね。

でも、どんなに我慢をしてきても、全然幸せになるどころか、楽にもなりません。むしろ、我慢の重石がどんどん増えて、苦しさが倍増していくだけでした。

それでも、未来には楽になるかもしれない…と、かすかな希望を寄せて、じっと我慢し続けるんですよね。

 

子供時代から今に至る長い間、ずっと我慢をしてきたせいか、自分の感覚が麻痺してしまい、何が辛くて、何が嫌で、何が不快で、何が怖いのか…?さっぱり分からないことがあります。

どんなに辛くて嫌なことでも「我慢強さ」を発動させると、大抵のことは何とか乗り越えることができるからです。

乗り越える時にできた心に傷も「我慢強さ」があれば、無傷のように振舞えます。心の痛みも悲しさも辛さも、全部「笑顔」に代えて、何事もなかったかのようにゴイゴイと前進していけるんですよね。

 

激動の前時代をたくましく生き抜くためには、「我慢強さ」から派生する「タフさ」や「鈍感さ」が必要だったかもしれません。どんなに辛くても、歯を食いしばって前を見て、今いる場所に骨をうずめるつもりで自分を「枠」に収め込み、必死に我慢して生きてきた時代…。この時代に「我慢強さ」が無ければ、みんな野垂れ死にしていました。

 

でも、今は新しい時代です。

 

もう、昔の「我慢強さ」は必要なく、自分の感覚に寄り添って、もっと自由に、もっとのびのびと生きていくことが必要なのだと思います。

 

脱「我慢強さ」。

もう、我慢は要りません。

 

嫌なら嫌。嬉しいなら嬉しい。

悲しいから悲しい。楽しいなら楽しい。

 

…そう、自分に正直に、素直に、自分が感じたことをありのまま受け止めて、自分の気持ちに変な細工をしないで、そのまま表現したり、素直に行動していけばいいのだと思います。

 

 

最後に…。

 

おそらく、生まれた時から我慢強い人だなんていませんよ。

 

我慢強さは、後から無理やり躾けられて出来上がるのです。

 

「我慢強い人」を大量生産しなくてはいけない時代は、もう終わったんですよね。

これからは「我慢」じゃなくて、自分の感覚を信じること・瞬時の判断力と決断力・思ったことを実行に移せる行動力…等。

これからは、そんな新しい時代の価値観に基づく力を育てていくことだと思います。

 

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公園の紫陽花が咲きました。