森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

相手も自分も対等にリスペクトする

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コミュニケーションが苦手な人(人が怖いとか、人と接するのが苦手…というタイプ)は普段から人と関わり合っている時、変にぎこちなかったり、リアクションや言葉のかけ方がちょっと不自然だったりします。

ご本人は一生懸命なんだけど、コミュニケーションに向かうときの姿勢が、

あなたと対等に親しくなりたい、分かち合い、わかり合いたい

じゃやくて、

私のことを嫌いにならないで!私にダメ出ししないで!

…なんですよね。そのため、無意識に自分を押し隠して、相手に合わせようとします。

これが、人によっては「相手に媚びるようなエネルギー」を発しているように感じられるのです。

コミュニケーションに不安や心配を抱えていると、それが相手には不器用さや不自然さ、違和感という形で伝わります。

そして、「何だか変だなぁ。あの人はいつも自分を隠しているよね…」と相手に見透かされてしまうのです。

 

 

こうしたコミュニケーションが苦手で、自分を強張らせるタイプの人たち。

多分、幼い頃から、人と上手く意思疎通ができなかったりして、コミュニケーションで失敗体験が積み重なっていき、だんだん自信を失っていった歴史があったと思うのです。

また、身近な人(親や家族)とキチンと会話できなかったとか、自分が話したことを信じてもらえなかったとか、自分の話を丁重に受け止めてもらえずあっさり却下されてしまったとか、真剣に話したのに馬鹿にされてからかわれたとか…等々。自分か発したことが相手に受容してもらえず悲しかった過去が、いくつかあったと思うのです。

 

だから、人と接する時、また傷つくのではないか…と不安になるんですよね。

それで、自分をガードして、素の自分をむき出しにしないよう、鉄の鎧(社会常識の鉄板ルール)を身にまとって、それで自分の不器用さを隠し、自分の心を守ろうとするのです。

こういうタイプの人は、人と接しなくてはいけない時、社会のマナーやルールにのっとり、粛々と当たり障りのないように相手と関わります。

例えば、こんな感じに⇒「最初に挨拶をして、まず身近な話題を前振りして、本題を伝えて、最後にちょっとした感想を伝えて、ご挨拶して終了」…というパターン。

仕事で会う場合は、これでOKだし、それ以上関わる必要がないから楽です。

でも、プライベートな場面やオフ時に個人的に人と接するときは、このパターンだと失敗します。ちゃんと素の自分を出して、自分という人間を素直に表現しなくてはいけないからです。

しかし、人とラフに関わることに慣れていない人たちは、自分を出せと言われると、どうして良いか分からず、頭が混乱して軽いパニック状態に陥るようです。

相手を前にして緊張してしまい、突拍子もない変なリアクションをしたり、相手の気持ち無視したおかしな言い方をしてしまったり、場に合わない話題を持ち出したり…等々。

ただ「自分を出す」だけのことなのに、自分を出す機会がなく大人になってしまった人たち&自分を出したら痛い思いをしたので怖くて出せなくった人たちは、ずっと対応や反応が変なままなんですよね…。

 

確かに、昔は人と違ったことをすると、すぐにからかったり、嘲笑したり、さらし者にしたり、いじめたり…と、傷つけられ居づらくなるようなことが起きたので、自分を守るために必死に「自分を出さない」「自分を隠す」をしてきたと思うのです。

 

でも、だからと言って、いつまでも自分を出さないように気を付け、「人とのコミュニケーションが怖い、苦手だ…」と逃げ回っているようではダメだと思うんですよね。

「怖い・苦手」を言い訳にして、いつまでも同じパターンを繰り返し、全然そこから這い出ようとしないのは、いつまでも自分を傷つけ続けるのと同じ…。これでは、あなた自身が可哀想ですよ。

もうそろそろ、苦手なコミュニケーションと真剣に向き合い、自分の苦手を克服する時なのではないか…と私は思います。

 

◇◇

 

この地球は、多くの人間が生きている世界です。

たくさんの人と関わり合うことで、私たちは生きています。

だから、いつまでも自分を引きこもらせていてはいけない…と思います。

 

昔と今とでは、世の中も人の価値観も大きく変わってきました。

昔は自分が住んでいる小さな地域が、自分が生きるべき世界の全てでした。

だから、この狭い地域社会で安全に生きていくためには、周りの人から好かれ愛される必要がありました。

人を大事にすることが当たり前の地域なら良いですが、損得勘定や序列や差別が横行している地域だと、周りの人に好かれ愛されるためには、周囲に合わせて、自分の良心や純真さを捻じ曲げて汚していくことが必要でした。

それで多くの人が傷つき、悲しみ、苦しんできたのです。

 

でも、今はインターネットを使って世界中の人と交信できます。地域に居ながら、世界に向けて自分を自由に発信し、いろんな人と本音で繋がることができます。

 そうなると、自分を大事にしてくれない地域に居たとしても、そこを飛び出して、外の世界の人たちと繋がることができます。

いつまでも自分の身近な狭い世界に執着する必要はありません。

今の所に見切りをつけて、他に自分の居場所を探せば良いのです。今の場所にこだわらず、他の場所で自分の価値を認めてくれる人や自分の話を真剣に聞いてくれる人を探せば良いのですよ。

 

もう世界は昔のままではない…ということです。

 

なので、いつまでも自分の殻の中に閉じこもり、いじけていないで、不器用な自分を卒業すべく、どんどん果敢にチャレンジしていくと良いと思います。

 

◇◇ 

 

リアクションや返答がぎこちなくなってしまう人は、「人にどう受け止められるか?」を気にしすぎていると感じます。

 

「人が自分のことをどう受け止めるか?」

ここが気になる人たちは、自分より他者のことを上に置いているような気がするんですよね。

自分の中で勝手に、

相手(他者)>>>>>>>>>>>>>>>>自分

…という力関係図を作っていませんか?

自分の存在価値より相手の存在価値の方が上だと思い込み、自分の感覚より相手の先入観や思い込みの方が「正しい」と信じ込んでいるのです。

 

例えば、昔の価値観だと無条件に「自分より目上の人を敬え」と言われるけど、ご年配者でも、敬うほど立派じゃない人もたくさんいるし(汗)、どんなに年をとっても「同じ人間」。良い部分もあれば、欠点や短所も皆が平等に持っています。

また、男尊女卑の価値観も同じくです。男も女も関係なく、みんなが尊く価値がある存在なんですよね…。

こうした昔の価値観の刷り込みが強い人たちは、特に「自分を出す」ことに怖さを感じているように思います。

 

自分は下、相手は上…と、そうやって無意識に他人を上げてしまう癖は手放しましょう。

そうじゃなくて、

相手(他者)=自分

…と相手と自分を対等に扱いましょう。

みんな同じ人間です。どっちが上でどっちが下…なんてことはありません。

同じ人同士、相手をちゃんとリスペクトすることは忘れず、でも、相手を尊重するのとと同じくらい、自分のこともちゃんと上げてリスペクトしましょう。

 

◇◇

 

コミュニケーションが苦手な人は、自分を下げる癖が、自然と染みついちゃっています。

だから、人と会うたびに、自分を下げ続けないといけないから、それが自分を苦しめているのです。

自分の魂が「そんなに自分を蔑(さげす)まないでほしい」と訴えているのに、思考が「自分を下げないと相手から嫌われる」と思い込んで絶対に曲げないから、それで歪(ひずみ)が生じて心が苦しくなるのです。

 

もう、こんな風に自分を押さえつけることは止めることです。

自分を下げる癖を手放し、自分を出さないようにする生き方を卒業して、きちんと対等に人と接することができる自分にアップデートしましょうね。

 

 

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公園で見つけた木漏れ日です