6月に入りました。
昨日までは良いお天気でしたが、今日は一転して大雨の一日。
だけど、こんなにまとまって雨が降るのは久しぶりなので、ある意味、冬から春にかけて積もりに積もった「汚れ(穢れ)」を洗い清めるための浄化の雨かもしれませんね。
台風の強力なパワーが必要なほど、しつこい汚れがベッタリ貼りついて溜まっていたのかもしれません。
あるいは、ずっと隠れていた根深い汚れも、これを機に根こそぎ掘り起こして一掃させるつもり…なのかもしれません。
とにかく、もう「汚れ」を溜め込んではいけない。早く手放してスッキリさせなさい…ということなんでしょう。
ここでいう「汚れ」とは、埃・ゴミ・汚濁・汚水・不要物…という物質的な汚れだけでなく、人間の心の奥に染みついている汚れ(過去のネガティブな記憶・悪感情・差別心・エゴ・欲望…等)も含まれます。
人間は皆、ポジティブさとネガティブさの両方を持っていますが、この両者のバランスを上手に保ちながら、このアンバランスで不完全な社会の中を「調和」と「平等」をもって生きることが、私たち人間に課せられた人生の課題なんですよね。
ところが、最近の傾向として、自分の中にあるネガティブさを平気で社会で出しまくっている人がいるんですよ。
人を侮辱したり、差別したり、貶めたり、悪口や陰口を言いふらしたり、すぐにキレて怒りをむき出したり、大声で恫喝したり、他人に責任転嫁して逃げたり、嘘をついたり、マウントを取って相手を支配下に置こうとしたり…等々。
これが更に進んでしまうと、人の財産を奪ったり、人を傷つけたり殺めたり…と、落ちるところまで落ちてしまうんですよね。
犯罪まで行かなくても、今までも「やや暴走気味だった人たち」の暴走ぶりが、ますます顕著に表れてきた感じがします。その人がずっと隠し持っていたネガティブな癖みたいなものが、最近、えらく表に剥き出しになってきたなぁ…という感じ。
以前は、もうちょっと「住みわけ」ができていたから、暴走する人にあまり遭わずに暮らせていたし、また、個々に自制心(ブレーキ)がちゃんと働いていたから、もうちょっと暴走にも遠慮があったと思うのです。
ところが、最近は、みんな心のタガが外れちゃったのかな?
こっちが気恥ずかしくなるほどの暴走をやらかす人もいて、えぇ?とビックリですよ。
ここまでくると、今までは猫をかぶって「いい人」に見せていただけで、実はこれがこの人の本性だったんだな…と、初めて気づくという感じです。
また、暴走する人に対して「自分はどういう反応をするのか?」で、魂のレベルがわかることも、最近気づきました。
暴走する人たちに実際に遭って、「怖い」とか「言い返す自信がない」とか「気が小さい性格だから…」という理由で、暴走を黙って傍観している人たち。
あるいは、自分の尊厳をひどく傷つけられているのに、心と感覚が麻痺していて、黙ってされるがままで問題をスルーする人たち。
この「黙っている」というのも、実はアクションの一つであり、「私はあなたの暴走を肯定的に受け入れていますよ」のサインなんですよね。
自分を侮辱したり、蔑む態度を取られたら、本来はその不当な言動に対して「怒る」べきなのに、怒るどころか、黙って受け入れてスルーして、その場を穏便に済ませようとする…。
これって、自分を粗末に扱っていることであり、自分の尊厳を傷つけていることであり、自分を相手の支配下に自ら落としていることなんですよ。
この「暴走する人」と「傍観する人」。これって、実はワンペアです。
暴走する人は、自分の暴走を黙って受け入れ、見逃してくれる人がいるから、どこまでも際限なく自由に暴走しまくれるし、また、傍観する人は、暴走してくれる人が自分を侮辱し続けてくれるお陰で、相手のことを怖がっている間は、いつまでも「自分のために立ち上がる」というアクションを起こさなくて済む…という訳です。
お互いに利害関係が一致しているから、この組み合わせは消えることなく存在しつづけてきたんだけど、とうとう宇宙は、こうした関係性も淘汰することにしたのでしょう。
もう我慢できないレベルの暴走へと走らせるよう、暴走する人たちがますます増長するようなエネルギーを降り注いでいる感じがします。
いや、隠し事ができない・秘密が暴露していくエネルギーだから、本質がどんどん剝き出しになっている…ってことなのでしょうね。
ご本人たちは、自分でもよくわからないまま、気持ちよく思う存分「自分の本領」を発揮して、暴走の限りを尽くしているのですが、暴走の終着点は破滅です。
本人の全く気付かないところで、すごい勢いで破滅へと一直線に向かっているのですよ。
だから、今まで他人の暴走に苦しめられ我慢を強いられてきた人たちも、そろそろ「もう無理。ついていけない」と思い始めているはずです。
暴走する相手に対して堪忍袋の緒が切れる…という形で、心の危機管理センサーがビービー鳴って、危険を知らせてくれているのです。
自尊心を傷つけられた怒りは、自分を守るというエネルギーに転化して、それが起爆剤となり、暴走する相手にに対して立ち上がり、「私は嫌です」「私はもう従いません」とはっきり自分の意見を表明する…というアクションをおこすのです。
今はもう、不当に扱われたり、我慢を強いられたり、支配されたり、搾取されたり…という時代ではありませんよ。そんなことを自分に許してはいけません。
平等さを実現しなくてはいけない時です。
だから、この不当な関係を切り崩すためにも、暴走を加速させて、人間関係のバランスを壊して、人々がアクションを起こしやすい状況にしているのかもしれません。
暴走に黙って従っている人は、暴走する人たちの破滅に付き合わされる人たちでもあります。道連れになる前に、自分の意思をしっかり固めて、不当な関係性にピリオドを打つ時だと思います。