森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

「断捨離」を通して、自分の心の成長を知る

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十和田湖の乙女の像

4月も早いもので、あと2週間ほどになりました。来月から元号が「令和」になるので、つまり「平成」の時代もあと2週間で終わる・・・ということです。何だか不思議な感じがしますね。

 元号の変わり目を二度も経する「昭和」生まれの私たち・・・。前回の時は、天皇様の崩御の知らせが急に入り、日本中が喪に服する中で、バタバタと慌ただしく元号の移り変わりを体験していきましたが、今回は事前に分かっていたことで、計画的に進められている年代わりです。ですので、心に余裕を持ち、今のこの時間を「令和」を迎える大切な準備期間と受け止めて、残りの日々を充実させて過ごしたいな・・・と思います。

ということで、我が家の場合、今週は朝から夕までひたすら「断捨離」しています(汗)。夫は3日間かけて2階の断捨離と大掃除をし続けて、今日、ようやく完了しました。私は今日は義母のいる母屋の掃除をしましたが、合間を縫って、夫と私の断捨離で出てきた不要物をゴミ袋に入れていき、ゴミ袋3つ分の「可燃ゴミ」ゴミ袋1つ分の「不燃ゴミ」を家から放出しました。先日のクローゼットの断捨離では、ゴミ袋3つ分の衣類を処分しましたが、つくづく「よくぞ、まぁ・・・こんなに溜め込んでいたものよ~!」と思います(汗)。

でも、まだまだ作業は残っていて、明日は、本棚と廊下の物置棚を整理して断捨離する予定です。そして、いつかは倉庫も・・・。倉庫の中には、義父が生前に溜め込んでいたもの(=昭和の遺物)がたくさんあるので、それも何とかやっつけてしまいたい・・・と考えています。ホント、一度手をつけてやり始めると夢中になり、スピードもアップして止まらなくなる「断捨離」ですが(笑)、この流れを止めないよう、今のこの「勢い」があるうちに、一気に「気になるところ」を全部片付けておきたいなぁ・・・と思います。

 

こんな感じで、家の中の不要物を処分していると、以前の自分と今の自分を比較して、「成長したなぁ~」と感じることがよくあります。「それは何か?」といいますと、

処分するかどうかの判断に、迷いや躊躇がなくなった。

・・・ということです。

以前の私だと、モノを前にして「どうしようかな~」「捨てると後で後悔するかな~」といちいち考え込んで悩むことが多く、処分するかどうか?の判断がビシッとできませんでした。「保留」という選択肢もついつい作ってしまうので、なかなか捨てられず、何を判断するにも、ものすごく時間がかかっていました。

ところが、今回の断捨離では、瞬時に即決。即断。「要るか?要らないか?」の判断が潔くできるようになりました。基準は「無くても大丈夫」なんですが、ちょうど平成の終わりというタイミングもあり、

  • これは「令和」に持ち越しても良いのか?
  • これは「平成」で終わりにして手放すか?

で、サクサクと判断しています。元号が変わる時って「断捨離」に向いているかもです(笑)。元号が変わるということで、

  • 次の新しい時代に持っていきたいものか?
  • 新しい時代のエネルギーに合うか?合わないか?

・・・で、直感的にフィーリングで決めることができます。これがまた気持ち良いのです。「令和」の時代も、私と共に居てくれるモノを選ぶ・・・と言う感覚なので、選ぶとき、気持ちよくサクサク決められます。

それは、私なりに「平成」という時代を頑張って生き抜いたことにより、私なりの人生哲学が構築できたからであり、また、自分にとって本当に好きなモノ&大切なモノが分かってきた・・・ということなのです。要は「自分が分かってきた」ということです。だからこそ、今、私の感性に合うモノを自由に選べるようになった・・・ということ。

以前の私は、自分でも自分のことがよく分からなくて、「自分は何を着たいのか?」「自分は何が好きなのか?」「自分にとって居心地の良いモノは何なのか?」「自分は何が欲しいのか?」が、サッパリ分かっていませんでした。

でも、この平成時代の30年間を通して、私は四苦八苦&悪戦苦闘しながら、頑張って生きてきました。必死に生きていくなかで、自分を根底から見つめ直し、自分を知る努力をしてきました。そして、自分らしく生きていくことに取り組んできたのです。その過程で、私は、自分の中にある「不要なモノ」をどんどん手放していきました。エゴやプライド、コンプレックス、自己肯定感の低さ・・・等。心のままに勇気を出して行動していくときに、自分の決断や判断を邪魔するもの(エゴ・プライド・コンプレックス・自己肯定感の低さ)の存在に気づき、それらをあえて乗り越えて突破する方向りものを選択し、行動していきました。そして行動と実践を通して、自分の中にあるエゴを手放し、プライドを捨てて、コンプレックスを克服し、自己肯定感を高める取り組みをしていきました。その結果、今こうして「今の私」に至ったのです。

だから、こうして自由に即決して断捨離するようになるまで、私なりにものすごく努力してきた・・・ということなのです。そして、今は楽にサクサク整理して捨てられる・選択できる・・・。そういう自分を「断捨離」を通して実感している訳です。今まで楽にできなかったことが、楽にできるようになった・・・。これが「成長」です。なので、私は断捨離という行動を通して、楽に出来るようになった自分を見つけて、とても嬉しい気持ちになっているのです。

以前の私はモノが捨てられませんでしたが、今の私は、自由に「捨てる」という選択ができ、また実行できます。選択に迷いはありません。自信を持って自分の選択を尊重できます。不安も心配もありません。私の心は自由になったのです。これほど楽しいことはありません。本当に嬉しいことです。

たかが「モノを捨てる」という行為であっても、実は、自分に制限を課して、なかなか自由にできなかったりします。不安や恐怖があると、人はモノを手放すことができません。また、自分に自信が無いと、モノを手放すのではなく、モノを自分の周りにたくさん置こうとします。自分に足りないもの&欠けているモノを、「モノ」で補おうとするから・・・です。

そんな部分からも、断捨離をしていきながら、「ああ~私って本当に成長したんだなぁ~」と嬉しくなりました。感謝の気持ちで気持ちよく手放せる・・・って、本当に気持ちの良いことです。その「潔さ」に、気持ちがスッキリしていくのです。こうしてどんどん家の中が整っています。整った場所に居ると、その場所のエネルギーがクリアになったのを感じます。古くて重苦しいエネルギーが一掃されて、今は明るくてオープンでクリアなエネルギーが循環しています。とっても心地よく、気持ちが良いです。

平成の終わりに取りかかった大がかりな断捨離ですが、我が家にとって、とても良い節目になりました。これは、もしかしたら平成時代の「自分」との決別であり、古い自分を「卒業」する儀式なのかもしれません。自分でも、なんでこんなに断捨離に夢中になっているのか分かりませんが(笑)、「やると気持ちが良いから、やる」ただそけだけです。本当に単純明快な理由です(笑)。

以前の私なら「断捨離」すること自体、面倒くさがって絶対に出来なかったと思います。その証拠に、今まで長らく手つかずのまま放置してきた所がたくさんありますから・・・ね。そんな怠け者の私が、ずっと放置してきた開かずの間(伏魔殿ともいう・汗)にメスを入れて、片付け作業にコツコツ取り組んでいるんです。これ、ホント大きな成長ですよ。こんな面倒でエネルギーが居る大変な仕事に、気楽にサクサクと取り組んでいるのですから、以前の私と比べたら(信じられないくらい)、ものすごい成長(笑)。よくできました!(←と、自分で自分を褒めてあげたい♡)

まだ、もう少し断捨離は続きますが、もうひと踏ん張り、頑張りたいと思います~😄。