一般的な見方として、よくあるのが、
支配する側は、無慈悲で極悪な悪者
支配される側は、弱者で可哀想な被害者
・・・というイメージだと思う。
精神的に束縛されていたり、自由に身動きがとれなかったり、自分の気持ちを聞いてもらえなかったりして、今の環境に不満を感じている時、人は「人から支配されているから自由がないのだ」と思い、自分を「被害者」に置き換える。
そして、今居る場所で一番力を持っている人を「支配者」「加害者」だと思い込む。
この時、被害者である自分は「正義」であり、加害者に仕立てられた相手は「悪者」だと、脳内で認識してしまう。
そして、この「被害者と加害者」の図式が、自分のイメージの中でピタッと収まると、「私は可哀想な被害者、相手は酷い極悪非道人」というストーリーが出来上がり、その物語が延々と頭の中を流れ続けるのである。
でも、それは、元々は「この人は相手と合わない」と自分の魂が発した声を、脳が壮大な「被害者の物語」に作り替え、相手と関わり続ける口実に使っているだけのこと。
一見、複雑で困難そうに見えるが、俯瞰すれば、とても単純でシンプルな構図である。
これは、今日、私が受け取ったメッセージです。
◇◇◇
私も以前、この「被害者ループ」にはまっていたから、すごくよく分かるのだけど(汗)、「私は支配されている」&「私は被害者。アイツは加害者」という世界を生きている間は、絶対にそこから抜け出せないです。
というのも、自分の思考が「私は悪くない、アイツが悪い」でロックオンされているから・・・。
つまり、「相手が良い人に成長する」という可能性も、「自分にも非がある」という可能性も、両方とも頭ごなしに否定していて、絶対に認める気がない状態・・・なのですよ。
被害者意識の強い人は、「私は可哀想な被害者」というポジションを手放す気もないし、また逆に、相手が成長して「良い人」へ進化していくことも認めない・・・のです。
ここから抜け出して、「新しい世界へステップアップする」という意識がすっぽり抜け落ちているのです。
これって要は、相手には永久に「極悪非道な悪者」でいてもらわないと、自分が困る・・・ということでもあります。
ナンダカンダ言ってても、結局は被害者の立場を手放したくない訳で、相手が「良い人」になっちゃうと非常に困る・・・ということなんですよね。
だから、頭の中は
「相手を絶対に許さない」=「相手が成長して良い人になることを許さない」
「被害者のポジションを絶対に手放さない」=「自分が解放されて自由になることを許さない」
・・・という感じで意識が固定され、ネガティブなまま「思考」がグルグル回転し続けているのです。
ちなみに、これってある意味、サイキックアタックみたいなものです(汗)。
自分が被害者として「可哀想な立場」で居続けるために、相手に「おまえは悪者のままでいろよ」と念を送り続けるわけです。そして、加害者というレッテルをベタベタ貼り続け、「被害者の私に対して罪滅ぼしをしろ!」と呪いをかけるのです。
だから、この思考のループにハマっている間は、相手も「悪い奴」のままだし、自分も「可哀想な被害者」のままです。
お互いに、非常に波動の低い世界をウロウロしながら生きていくことになります。
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よく、スピリチュアルの真理として、「許す」という言葉が出てきます。
相手を許して、自分も許そう
・・・というものです。
でも、これって、相手が自分にしかけてきた不愉快な言動を「もう許してあげるね♡」と言って、全てをチャラにしてあげる・・・ってことじゃないんですよ。(汗)
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相手のことが嫌いに感じる自分、相手に腹を立てて怒っている自分、ショックで落ち込んでいる自分・・・等、ネガティブな反応をしている自分のことを素直に受け入れる。そして「そういう気持ちになっても仕方が無い」と許す。
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相手に対しては、「私は不愉快な気持ちになった。もう、そういうことは私にしないで欲しい」と正直に伝えることを、自分に許可する。アクションを起こすことを自分に許可する。
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自分が行動を起こすことで、周囲に波風を立てたり、自分の評判を落とすことになるかもしれないことを、自分に許可する。
こうした一連の流れを進んでいく「自分」を止めないで、そのまま許して許可するのです。心のままに反応させてあげる、自由にさせてあげる・・・の「許す」です。自分に許可を与えながら、これから起きることをに対して覚悟を持つのです。
もう絶対に「人のせいにしない」と、決意を固めるのです。
そして、「自分の行動に関する全ての責任は私にある」と腹をくくるのです。
これが「許す」ということです。
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この後、実際に相手に対して「もう止めてね」と正直に言ってみて、相手がどのような反応をしてきても、
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「私が伝えたことを、相手がどのように受け取り、どのような反応をしてきても、それは相手の自由だ」と受け止める。
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相手の反応を「それが正直な気持ちなんだな」とそのまま受け止める。
それを心がけることです。
相手がどんな感想を持とうと、相手が自分に何を思おうと、それは相手の正直なリアクションなんだから、それはそれで認めて尊重しましょう。
良い悪いとジャッジしないことです。相手の反応にいちいち感情的にならないで、こだわらず気にしないことです。
もしも万が一、相手と喧嘩になってもいいのです。言い合いになってもいいんだし、相手と絶交になっても別にいいのですよ。
どのような結果になっても、この一連の動作や反応の流れは、全て私たちに必要な体験だったのだと受け止めることが大事です。
良い悪いとジャッジもせず、ただ結果を受け入れることです。
これが、本当の「許す」だと私は思います。
二人の間に「ケンカ」という行為が必要なら、しっかりケンカをしなくてはいけません。というのも、ここでケンカをしないと、次のステップに進めない・・・ということもあるのです。ケンカが必要だと感じたら、ちゃんとケンカしましょう。
仲良くすることにこだわりすぎると、大事な「人生経験」の機会を失うことになります。
どんな場面でも、いつも正直に「自分の気持ち」を出して、クリアに反応していけばいいのです。
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被害者意識の強い人たちは、「私は被害者、相手は加害者」という思考で、自分をガードしてきたと思います。
でも、「私は可哀想な被害者」だと自分で自分にレッテルを貼っている間、「加害者」認定した相手のことを悪く思い続け、ネガティブな念を送り続けているのですよ。
相手を心の中で責め続けることを、「自分は被害者である」ことを理由に、正当化してきたのです。
被害者のつもりでいたかもしれないけど、実は、心の中で、あなたも加害しているのです。
成長する可能性を1ミリも許さず、悪者であり続けることを願い続け、呪いをかけて、ずっと「あの人のせいで・・・」と考え続けて生きていくのは、まるで怨霊ですよ。
そんなことをしていても、何も良いことはありません。
早くその世界から足を洗って脱出することです。
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もう、過去のことは許して流しましょう。
相手を許して解放して、お互いに自由になましょう。
あなた自身を楽にするために、もう執着を手放すのです。
自由になりましょう。
特に、オールドソウルと言われる人たち。
長く人間として生きてきた歴史を持つ魂の人は、(過去世も含めて)今までに「ハラワタ煮えくり返る思い」をたくさんしてきたので、いろんなネガティブな感情や記憶が相当溜っていると思うのですよ。
でも、それらを浄化する時です。
「もう手放す」それに尽きます。
手放すとき、プライドとメンツが邪魔するかもしれません。
でも、プライドもメンツも、今までは「自分を守る御守り」になっていたと思うけど、これからはもう必要ありません。自分&周囲の人々の「進化」と「成長」を阻止するようなプライドやメンツは、サッサと早く手放して、スッキリさせてください。
そして、今までプライドとメンツの下に隠れていた自分の本性が、案外とドス黒くてドロドロしていて、すごく汚れていた、全然清浄じゃなかった・・・ということにも、素直に気づいてくださいね。
それが「悪い」とか「ダメ」とか言うのではなく、そういう自分も「許す」ということです。
ネガティブなエネルギーは、誰の中にもあります。(だから人間なのです。)
自分の中にあるネガティブなエネルギーと向き合い、根気にコツコツ浄化していきましょう。