森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

リミットは自分で外す

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 昨日、瞑想していたら、ふと、こんなメッセージが降りてきました。

『リミット(制限)は自分で外す』

・・・そう、自分で外せばいいのです。

 勝手に自由に外せばいいのですよ。

・誰かに外してもらおう・・・とか

・誰かが外してくれるのを待つ・・・とか

 ・誰かの許可を得てからじゃないと外していけない・・・とか

 そんな風に堅く律儀に考えていて、それらを頑なに守り通している・・・ってことが、そもそも「思い込み」であり、「リミット」(制限)なんですよ~。

誰の許可がなくても、自分がその気になれば、今すぐにでも外せるものだったのです。 

◇◇◇

リミットを外すのに、「期限」とか「時期」とか「タイミング」なんてものは一切無く、今この瞬間「そうだ、このリミットを外しちゃえ!」と思い立ったとき、自分で勝手に外してしまえばいいのです。

外すとき、怖くて不安で心配な気持ちがドバーと出てくるけど、そんなもの突っ切って、思いっきり意識を上昇させて、ガラスの天井も突き破って突破して、そのまま大気圏外に飛び出してしまう・・・。そんな風に、自分の意識を持っていくことです。

 結局は、リミットを外すことへの不安や怖さが先立つから、リミットを外さずそのままでいることを自分で選択しているだけのこと・・・なんですよ。

 それで、親や家族、パートナー、友人知人、仕事、お金、人間関係、その他いろいろなことを言い訳にして、リミットを外さず生きていくことを正当化させている・・・。ただそれだけのことなんです。

 本当は、いつでも、どこでも、ちゃんと自分でそんなリミットなど簡単に外せて飛び出していけるのに・・・ね。

それをただしないだけ。

 しないことを正当化させるために、親や子供やパートナーや友人や職場や家庭や地域やお金や健康面のことを悪者に仕立てて、それらを言い訳にして、「リミットの枠の中に居続けること」を自分で選択している・・・。

それだけのことなんですよ~。

 

◇◇◇

 

リミットは自分で外すもの。

自分の中にあるリミットは、実は自分で勝手に設定したものなんだから、外すきっかけを誰から与えられることはあっても、実際にそれを本当に外せるのは自分だけ。結局は、自分で「はずそう」と決意して行動しない限り、そのリミットは永久に自分に課せられたままなのです。

 うん、たとえて言えば、孫悟空の頭の輪っかみたいなもの・・・かな(笑)。

孫悟空は、お釈迦様に輪っかをはめられたけど、私たちは自分で自分の心に輪っかをはめている・・・ということ。

 そして、自分で時々その輪っかをキューと締めて、苦しい痛い、嫌だ辛い・・・と言って、一人で勝手に気に病んでいるのです。

その輪っかは、自分ではめたものであり、中には一人でいくつもたくさんの輪っかをはめている人もいます。そして、その輪っかはいつでも自分で自由に外せるものなのに、「これは絶対に外せない・自分で外してはいけないもの」だと信じていて、輪っかとともに生きていくことを自分で決意しているのです・・・。

 そして、この輪っかのせいで「あれができない」「だからダメなんだ」と、うじうじ悩んでいじけている・・・。 

 そうして生きている人が、世の中には多いと思うのです。

 でも、これって客観的に俯瞰して見たら、なんか、おかしいよね・・・(笑)。

 

 ◇◇◇

 

リミットは自分で外せます。

時期もタイミングもありません。

人に外してもらう必要も無いし、誰かの許可なんて必要ないし、他人を牽制する必要も無いし、自分がそうしたいと思うのなら外してしまえばいいのです。

 リミットを外して、リミットの枠の外にある「世界」を体験していけばいいんですよ。

要は「やるか?やらないか?」それだけのこと。

 つまり、決断。

 覚悟。

 自分に責任を持つ覚悟ができているか?ということ。

 

 ◇◇◇

 

 自分のなかにあるリミット。自分で外しましょう。

これって自由に外せるものなんだ・・・と、自分の中にある「常識」を覆しておきましょう。

リミットのせいで「何もしない人生」で終わったら、絶対に後悔しますよ。

「リミットを外す」と言うことは、「今の自分と真剣に向き合う」・・・ということでもあります。もう先送りしないで、今こそ真剣に自分と向き合ってくださいね。

 腹をくくって、覚悟をもって、自分の人生に責任持つことを決めてくださいね。