森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

自分のために「小さな変化」を起こしていく

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「変化しよう!」と聞くと、何か大きなことを成し遂げなくてはいけないのでは…と思う人が多いかもしれません。

いえいえ、良く目立つ大きなことだけが「変化」ではありません。今まで手を付けてこなかったことにチャレンジしてみるのも「変化」だし、今まではスルーしてきたことに着目して少し試してみることも「変化」です。

自分に新しい風を吹かせて、ちょっと違う流れを作ること…これが「変化」。小さな変化であっても、自分に最も必要な変化は、自分に「新しい流れ」をもたらします。その効果は絶大なのです。

 

◇◇

私の小さな変化。

 

最近、私はブログを書く場所を変えました。

今までとは違う部屋で書いてみたのです。すると、何だか違う感覚を覚え、新鮮な気持ちで最後まで集中して書けるようになりました。

 

今まで私がパソコンを開いていた部屋は、家事をしながら書ける場所だったので、機能的にはとても便利な所でした。

でも、その部屋は家族が集まる場所であり、家の構造としては「通り道」のような役割の所でした。

そのため、毎日誰かがそこに居るか、またはその部屋を必ず通り抜けていくので、いつもざわざわして落ち着きません。家人が出かけて留守の間は、私がその場所に(書くという名目で)ずっと居座っていたので、私も含めて「誰が必ず人がいる」状態。そのため、その場所は家族のエネルギーが濃密にしみついていました。

 

ちなみに、ずっと誰かがいる状態というのは、エネルギー的には動きが全くないので良くありません。

その場所に人のエネルギーが溜まって澱となり、抜けることなくずっと停滞します。だから良くないのです。

 

 

ところで、人間のエネルギーは厳密には神聖ではありません。人が自然と発している生命エネルギーは非常にパワフルで強烈だけど、清浄ではないのです。人間のエネルギーは個性豊かで色とりどりで非常にユニークで面白いのだけど、清浄ではないのです。

どんなに心映えが良い人であっても、徳を積んだ心根の良い人であっても、人間である以上、人の肉体から発せられるエネルギーは、良くも悪くも人間の生々しいエネルギーなんですよね(汗)。

どんな人であっても、体から排せつ物が出るのと同じで、人間が発するエネルギーもそんなに純度が高いものじゃないです。もしも自分のエネルギーを良くしていきたいのなら、いつも心を明るく保ち、エゴのない素直な気持ちで善行を積むことで、自分が発するエネルギーの質を瞬間的に良くしていくことしかできません。これは仕方がないことです。

 

話を戻して。

人が行き来する部屋でパソコンを開いていざ書き始めようとすると、私は他者のエネルギーを感じて気が散ってしまい、思うように書けなくて大変でした。たとえ相手が家族であっても、人のエネルギーは影響を与えてきます。

自分に意識を集中させるのに時間がかかって一苦労。ようやく書き始めても、やはり途中で落ち着かなくなって気が散ります。集中力と持久力と忍耐力がたくさん必要でした。重い負荷を背負ってジョギングしているような感じです。

人が行き来する部屋は、他人のエネルギーだけでなく、私の古いエネルギーも停滞して溜まっていて、重苦しかったんですよね。

こういう場所では、ちょっとでも油断していると、気を持っていかれて注意散漫になり、他事に意識が回ってズルズルと怠惰な方へと流されてしまいます。

 

しかし、今までの私は「こんなもんだ。我慢しなきゃ。ここ以外の場所では書けないのだから、ここで書くしかない。」と頑なにそう思い込んでいました。この場所が全てだったのです。そう信じこんでいました。

 

◇◇

 

ところが最近、ふと思いついて、普段は誰もいない部屋(昔子供が使っていた部屋)にパソコンを持ち込んで書いてみたのです。

 

すると、それまでのような「気が散る」とか「邪魔が入る」ということが無くなり、書くことに安心して集中できました。

更に、誰も使っていない静かな場所は、他人のエネルギーがゼロでスッキリしているので、私にはとても居心地がいいことを発見しました。

普段、人がいない場所は、人の念や感情、古い記憶のエネルギーがあまり染み付いていません。そのため、古いエネルギーにつかまることがないし、記憶に意識が縛られることもなく、どこまでも自由でいられます。明るくて自由でリラックスしていられるので、心もくるくると自由に踊って動けます。非常に楽で楽しいです。

 

新しい部屋は、家事をしたり来客があったときは、ちょっと遠くてわかりにくいのが不便ですが、日常の不便さよりも、書きたいことを集中して書ける心地よさを尊重していこうと思いました

そして、今更ながら

  • どうしてこんなベストな方法に今まで気づかなかったのか?
  • どうして今までこの案を試さなかったのか?

…と思ってしまいました。

振り返ってみても本当に不思議なのですが(汗)、今までの私はいろんな言い訳を作って、「新しい部屋で書いてみる」ことを勝手に却下していたなぁと思います。

面倒とか、家事がしにくいとか、人が来た時すぐに出られないから…等々、もっともらしい言い訳を作って、それを盾にして「新しい部屋で書く」ということを心のなかで拒否して抵抗してきたんですよね(汗)。

更に突き詰めて考えたら、当時の私は本気で「自分にとって一番書きやすい環境が欲しい」と求めていなかったんです。

心から真剣に「新しい環境が欲しい」と望んでいなかった…ということに、今ハタと気が付きました。

私の潜在意識が「このままでいい」と望んでいたのだから、仕方がありません。だから、使っていない部屋で書くという案に気づかなかったし、そこに魅力を感じなかったのです。それで長い間スルーして平気だったという訳です(汗)。要は、自分で「書きやすいよ部屋は今は必要ない。」と決めていたということです。

だから、全く気づきもしないし、やりにくさを感じなかったし、他の方法を実際に試してみることも一切しなかったし、ただ「こういうもんだ」と自分に言い聞かせて、書くには不便な所でイライラしながら過ごしていた…という訳です。

 

◇◇

 

ちょっとした違和感や不便さに気づくことって本当に大切ですね。

そこから本当の自分の気持ちが見えてきます。自分は何を欲しているかがわかります。

こうして自分の気持ちを知ったら、それを叶えてあげる方向でアクションを起こすことです。

何でもないちょっとしたことですが、こうした些細な違和感を感じたら、そこを変えていく(変化)ことが大事なんじゃないかなぁ…と思います。

そして、惰性でずるずると今までの慣例を引きずって続けていくのではなく、今の自分にフィットするものを柔軟に取り入れて「自分の心地よさ」を追求し優先しさせていくことです。この姿勢は、今後とても重要になっていくと思います。

 

今もこの記事を新しい部屋で書いていますが、するすると書けるので本当にありがたいです。お陰で更新頻度もアップしていますね(笑)

 

また、新しい部屋で書くようになって以降、今まで自分の中に漠然とあった「書くことに関するパターン化したこだわり」や「こうすべき、ああすべきの固定観念」も、見えてきました。見えて認識できるようになったので、自分に不要な価値観やこだやりはサッパリ切り離して、手放しているところです。

 

こうして、ただ書く部屋を変えただけで、以前よりウンと楽に肩の力を抜いて、リラックスして気楽に書けるようになりました。(今もそうです^^)

 

プチ変化、やはり大事ですね~。

大きな変化じゃなくても、今までとは異なる風を吹かせるために、「あれ?これじゃやりにくい」と感じるものを、どんどん手放して、自分にやりやすい形に変えていくこと…。これをこれからも意識して取り組んでいきたいと思います。

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今朝の風景。朝はいいお天気でしたが、今は雪が降っています。