森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

幸せに生きるために~エゴからくる感情移入を手放す~

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名古屋のカフェラテ

「感情移入」する人は、義理人情が深く絡みつく『恩義物語』や苦難を克服する『感動物語』が大好きです。

特に高齢な人ほど、すぐに他人に感情移入して口を挟み合う世界に長く身を置いて生きてきたので、これが当たり前だと思っています。そして、これが普通だと信じています。 

なので、感情移入している自分のことも、また自分自身が他人にずっと感情移入されて干渉されながら生きてきていることにも、全く気づいていません。自覚がないのです。むしろ、感情移入し合う世界が健全で幸せな世界だと思い込んでいます。そのため、自分を取り巻く世界が全て「義理人情と感動」で包まれることを強く願っています。それが安心・安定したスタイルであり、安心・安定した状態にいることが「人生の目的」だと信じているからです。

そのため、自分の身内や近くの人たちに対して「自分の目の前で、義理人情の感動物語を披露して自分を満足させてくれること」を期待して強く求めてきます。身内や家族が「義理人情の感動」を演出してくれることで、周囲の第三者から「素晴らしい家族だ」と褒められ承認されることも、また喜びなのです。こうして、自分を取り巻く世界が、「義理人情が生み出す感動」に包まれ、その世界の中で温々と生きることが、自分だけでなく家族全員の「幸せ」であり、「社会の上位に属すること」だと信じているのです。

だから、「スポ根」とか「ちゃぶ台ひっくり返し」とか「涙を流して仲直り」とか「元サヤに収まる」「辛抱と苦労」とか、そういう昭和のホームドラマっぽいシチュエーションを強く求めるのです。また、100年前の明治時代に確立した社会システム・・・「学歴」「職種」「肩書き」「社会的地位」「性別」「結婚」「家族の形態」「儒教の教え」「学校教育システム」に今も固執していて、『昔ながらの昭和的価値観』が「絶対的で正しい」と信じています。そして、それらをいまだに貫こうとするのです・・・。

要は、「変わりたくない」「変化したくない」ということです。もっと突き詰めれば「変化を受け入れたくない」「時代の流れと共に自分も変わらなくてはいけないことを、自分に許可したくない」ということでもあります。「変化」に対する潜在的な恐怖心が、無意識に「変化」を避けようとし、結果、自分の周りの人たちに対しても「変化しない生き方」を強いている・・・。当の本人達は「心配しているんだよ」とか「あなたのためを思って」とか「お世話になったんだから」とか・・・等々、なんだかんだと言い訳して「良いこと」のように言ってますが、全てはその人のエゴから発せられたこと・・・全ては「自分自身の精神的安定のため」・・・なのです。

幸せになるために~感情移入との向き合い方~

もう平成も終わろうとしている時なのに、いまだに「昔が良かった」「昔の価値観が素晴らしい」としがみついている人たち・・・こういう人たちは、「昭和チックな世界のままで生きていきたい」ということを遠回しに主張しているのです。「変化したくない」という意思表示です。そういうときは、「この人は変化を受け入れられないんだな~」と受け止めて、今のスタイルで生きることを尊重してあげましょう。(尊重とは、口出ししないで放置する&当の本人が飽きるまで好きなように自由にさせてあげる・・・ということです。)

その代わりに、あなた自身は「時代の変化を受け入れて、自由に自分らしく堂々と生きたい」のなら、それを思う存分に実践して実行することです。昔の価値観を崇拝する人たちに意見を求めず、自分で判断してどんどん行動してください。もしも、昔感覚の人たちや変化を嫌がる人たちから感情移入されて、横から干渉されるのが嫌でたまらないのなら、感情移入されないレベルに距離を置くことです。

感情移入されないように物理的にも精神的に距離を置くことは、親不孝でも義理に欠けることでもありません。むしろ、相手に変なカルマを背負わさなくても済むので、むしろ親孝行であり、とても良い行為なのです。相手がどんなに腹を立てようと、愚痴や不満を言ってこようと、影で自分の悪口を言いふらされようと、それらに屈せず、自分の信念を貫いてください。(腹を立てて恫喝したり、影で悪口を言いふらしたり、自分に従わせようと支配してくることは、まさに昭和チックな昔のやり方・・・です。そんなものに屈しないでください。堂々と自分の信じる道を貫いてください。)

また、自分の意識が、そうした人たちの意見や気持ちと繋がって引っ張られないように、自分を強く持ってください。ちなみに「意識が引っ張られる」とは「その人たちのことで頭がいっぱい・気になる・ずっと考えている・その人達のせいで嫌な気分が続く・・・という状態」のことです。実はこれも「感情移入」なのですよ。あなた自身の感情移入している・・・ということです。(「感情移入」は、自分のエネルギーを漏らしたり、他人からエネルギーを抜き取ることになるので止めることです。)

ふっと相手のことを思い出しそうになったら、頭の中からその人達を追い出してください。頭の中は空っぽにして、心の中は自分自身の「今」にフォーカスしてください。このとき、瞑想や深呼吸や散歩をすると良いです。自分の中の循環(巡り)をよくしてください。

今でも、年配者の中に自分は偉い立場なんだと勘違いして、他人の決断に口出しして他人の人生を邪魔する人がいますが、そういうので今までどれほど多くの人々が自分の人生を諦め、苦しみ、心を痛めて生きてきたことか・・・ご本人達が軽い気持ちでやっているこれらの行為は、人類の歴史上、最もやってはいけない諸悪の根源的な行為・・・なんですよね。つまりはエゴの押しつけ。「自分の意識を変えることが嫌だから、自分を意見を押し通している」それだけのことなのです。

それに気づかない人たちは、今世でも多くのカルマを積み重ね、来世でそれらのツケを払わなくてはならなくなるでしょう。そんなエゴの押しつけに屈することも、またエゴなのです。長いものに巻かれる人生も、人に干渉して他人の人生に口出しするのと同じレベルのカルマなんです。

もう屈しない、自分の人生の舵は自分が取る・・・。そういう覚悟を持って、今、それらを断ち切ること・・・。それが今世の課題なのです。

感情移入する人たちの存在を「心の成長」の糧にする

昔の古い価値観を「盾」にして正義を振りかざし、他人の人生に口を挟んで支配しようとしてくる面倒臭い頑固者達も、寿命と共にいつかは死んでいきます。今は分からず屋でも、死後に全てが明らかになり分かるでしょう。何が真実で何が偽善だったのか?・・・ということを客観的に知るようになると思います。ただ今世のその人は、あまりに思考が固くてこだわりが強すぎるキャラ設定で生まれているため、「自分が変わる」という選択肢が全く理解できないのです。ある意味、可哀想な人たちでもあります。でも、そういうキャラで人に干渉することで、私たちに「気づき」や「学び」を与えている側面もあります。そういう面倒臭い人が一族にいてくれたお陰で、自分の人生について正面から向き合い、自分らしく生きることを模索できたということもあります。

昭和の古い価値観を脱ぎ捨てるとき、「もうこの価値観は不要だ」と心から感じるためには、「もう充分、もう要りません」と心から言い切れるようになることが必要です。だから、そういう人が一族に必ず一人や二人は居る・・・ということなんだと思います。

昭和の時代は「強く意見する者」に皆が従い靡いていくのが処世術でしたが、これからは「強く意見する者=正しい」とは限りません。だから、黙って従う必要は無いし、変だと感じたら、無視してスルーすればいいのです。みんな言いたい放題で勝手なことしか言いません。「あなたのことを心配している」と言いつつ、本当は、自分の立場を守りたい・・・という保身の気持ちから干渉しているに過ぎません。そういう自分勝手な意見に従い続けていると、自分の人生を見失い、とんでもない方向へ流されてしまうでしょう。直感的に嫌悪感や違和感を感じるものは、最初からブロックしてください。ブロックしてその人との縁が途絶えても、これからの時代は全然困ることはありません。

昭和の戦時中の「五人組」の時代なら、強い意見に素直に従わないと生きていけない厳しい時代でしたが、もう、今はそこに我慢して留まる必要もないのです。合わないと感じるのなら、そこから立ち去れば良いのです。何も屈する必要は無いし、我慢して居続ける必要もありません。むしろ、早くそこから逃げた方が良いかもしれません。それに気づかせ行動に移させるために、「すごく嫌だ」と感じる状況を体験しているかもしれないのです。理性で抑えている「自分の本心」にエネルギー与えて、理性を突破させるために、そういう状況が与えられているのかもしれません・・・。ならば尚更、早く決断して行動することです。決断と行動こそが「その問題の答え」なのですから・・・。

皆が自由に光り輝き、自分の心の課題と真摯に向き合う時代へ

こうした古い昭和的価値観に縛られている世界は、感動に酔いしれて幸福感を味わっている人たちがいる反面、精神的に束縛され自由を失い、人々の期待と感動のために自分の生き方を犠牲にしている人たちも多数いた・・・そういう世界でもあります。光り輝く感動物語の裏で、価値観の歪みの犠牲になった人々のネガティブな感情もたくさん蓄積し、深い闇も無数にあったのです。光と闇の両方が強烈に存在する世界・・・むしろ「闇」の方が強くて深かったかもしれません。

 要は、「エゴで物事が動いているため、そのエゴの犠牲になっている人も存在していた」・・・ということです。だから、全ての人が幸せでは無かったのです。また本当の幸せを知らず、エゴを基準にした価値観で「自分の幸せ」を計り、基準を満たしていれば「これが私の人生だ」と自分に言い聞かせて無理やり満足して終わる・・・。そんな世界もありました。多くの人が「本当の自分」を知らず、家族を自分の所有物のように扱い、他人に感情移入して「エゴ」を無理やりなすり付けてくる・・・それが「思いやり」であり「愛」なんだと勘違いしてきたのだと思います。

目覚めていないから、他人が気になって仕方が無いのです(笑)。真に自分を自覚して自分に目覚めたら、他人をコントロールすることより、自分自身の心を律して成長させることで無茶苦茶忙しくなるはずです。一分一秒も他人のことに構っていられなくなる・・・はずなんですよね(笑)。だから、他人に感情移入している人たちって、自分のことを放り出して暇を持て余しているのですよ~。非常に時間のロス。限られた自分の人生の時間が勿体ないです。

これからは、本当の自分を知り、「自分」に目覚めることが必要です。そして、皆が平等に光り輝き、また皆が平等に自分の「闇」と向き合い取り組むことが求められる・・・そういう時代になっていきます。

他人に感情移入している時間とエネルギーを、自分自身の人生のために使いましょう。それが無駄のない一番効率の良い方法です。「人の世話より、まずは自分の世話!」それを肝に銘じていきましょうね。