森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

抵抗しないでサラサラと心のままに動いていく

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今年を振り返ると、コロナで行動が制限され、自宅に引きこもることが多かったけど、それでも、そんな不自由さの中であっても、人との出会いや交流は途切れることなくありました。

 

緊急度が少し弱まり、ちょっとだけ自由に行動できるようになった時、私は思い切ってお出かけしたり、新しい世界に飛び込んでみたりしました。そこで、新しい方々とたくさん出会ったんですよね。

 

この時、思い切って出かけていなければ、あるいは、勇気を出してその世界に飛び込んでいなければ、この方々と出会うことは無く、また、ご縁が繋がることもなかっただなぁ…と思います。そう考えると、我ながら、よくタイミングを逸することなく掴んだものよ…と嬉しくなるのです。

 

「人との出会い」は本当に奇なるものです

 

よく言われるのが、亡くなった人のことで「あの時、無理をしてでも会っていれば…」と、生前に会わなかったことに後悔の念を感じる…というお話です。

確かに死別の別れは、もう二度と会えないという点では、究極の別れであり、タイミングを逃すことへの後悔も、かなり大きいだろうなぁと感じます。

しかし、今年の出会いに関して言うと、いやいや、死別だけでなく、お互いに生きていても、タイミングが少しでもズレると「もう二度と会えない」という現象がよく起きていたんですよ。

 

たとえ、生きている者同士であっても、出会いのチャンスを逃して後回しにしていたら、後から「会おう」と思っても、もうその場所には相手は居なかったり、繋がるきっかけが消失していたり、もうお会いできるような状況でなくなっていたり、門戸が閉ざされていたり…等。こういう事態が、コロナ禍&不安定な社会情勢だったことから、今まで以上にたくさん起きていたと感じます。

 

久しぶりにあの店に行ったら閉店していたとか、ご無沙汰していたあの人に会いに行ったら辞めていなくなっていたとか、そんなことがたくさんあったと思います。

 

この世は無常なり。

 

「常にある」のではなく、いつも動いて変化し続けているんですよね。

だから、あの時はここにいらっしゃったけど、次、そこへ行ってみたら、何も無くなっていて消えていたりとか、違う場所に移動していて分からなくなりアクセスできない状態になっていたりと、いつの間にか出会いのチャンスがパタンと閉じられ、もう二度と同じチャンスは巡ってこない…ということがあるのです。

 

ホント「思い立ったが吉日」で、今すごく気になるのなら、後で…」なんて言っていないで、その時その瞬間にサクッと動くことが大切なんですよね。

 

 

「今は変化の時」とよく言われますが、自分自身だけでなく、自分の周囲のものも全てサラサラと流され、どんどん変わり続けています。

「ずっと同じでいる」ことの方が不自然で不気味なのです。

私たちは変化の時代を生きているからこそ、自分も変化していくことを自分に許可して受容し、また、周りの変化にも寛容にならなくてはいけません。

 

今年は表向きは何も変わり映えのしない一年のようでいて、実は、目に見えない陰の部分では、ダイナミックに大きなうねりが起きていて、その影響をダイレクトに受けた人々が「自分の生き方」を改めて見つめ直し、新しい生き方へと舵を切り、大きく変化していったのです。

 

だからこそ、自然の流れに逆らわず乗っかっていくこと、また、そこで自然と繋がるご縁を大切にしていくことは、今、とても大事なのだと思います。

 

消えていくもの、去っていくものがある代わりに、新しく生まれるもの、次に続くものが出てきます。

そんな変化変容の時だからこそ、私たちは今の気持ちを素直に受け止め、理性で自分を押さえず、直感と感性で選択し行動していくことが必要なのです。

 

会いたいと思ったら、会いに行く。

行きたいと感じたら、素直に行ってみる。

受け取ろうと感じたら、逆らわず丸ごと受け取る。

 

こうして抵抗しないでサラサラと動くことで、私たちは必要な出会いに遭遇するのです。

 

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