(※これは2018年3月12日に書いたものです。)
昨日は、あまり動きたくなくて、散歩もしないでずーと家に閉じ籠っていました。
閉じ籠りながらnoteを書き続け、ボンヤリしていたら、防災無線がウー!と鳴り出しました。
(映画『君の名は。』で緊急時に町役場の防災無線が鳴って避難するよう指示するシーンがありましたが、アレと同じものです。)
サイレンの後、黙祷を捧げるアナウンスが聞こえてきて、そこで私は「あっ!東日本大震災が起きた時間だ…」と気付きました。
目を閉じ、心静かに黙祷を捧げたのですが、その間、なんだかいつもと違い、心がザワザワします。
生きている人の祈りのエネルギーなのか?
亡くなられた方々のエネルギーなのか?
ちょっと今までとは違う、強くて濃いエネルギーを感じました。
多くの人々の記憶と念が入り交じったエネルギーが、強く…そして深く…渦巻いているのを感じました。
◇◇◇
その晩、私はなかなか寝付けませんでした。
心は寝たいのに、体が寝てくれないのです。
うとうととしかけて、はっと目が覚めました。時計を見たら朝の4時半ごろです。
まだ暗い部屋のなかで、私は眠れず、ぼんやり過ごしました。
そこで、ふと、
7年前の今朝、まだ寒さが厳しい東北の被災地では、電気も暖房もない薄暗い場所で、寒さに震えながら、朝が来るのをじっと待ち続けた人がたくさんいらっしゃったんだな…
…と思いました。
その様子が目に浮かぶのです。
私は温かい布団のなかにいるはずなのに、何故か体が冷えて寒くて、お腹がしくしく痛みだして、なんだか自分の体じゃないみたいでした。
ずぶ濡れで横たわっているような、不思議な感覚でした。
◇◇◇
そのうち、だんだんと夜が明けて、部屋のなかが薄明かるくなっていきました。
ああ、無事に朝が来たんだな…と思いました。
太陽の光を見て、私はホッとしました。
これで昇華した…と思いました。
◇◇◇
今朝は、本当になんとも不思議な朝でした。
でも、今日を区切りに、新しい気持ちでこれから強く生きていく、その大事な節目だったんだ…と感じました。
亡くなられた方も、生きている人々も、この7年を節目に、もうあのときのあの場所に心を留まらせず、自分の未来のために、大きく一歩を踏み出さなくてはいけないのだ…と思いました。
◇◇◇
留まることが愛ではありません。
生きている者たちが、今を生き、楽しく幸せに暮らすことが、愛なのです。
楽しく幸せになることを、自分に許可して良いのです。
自分を許して自分を解き放つこと・・・。
そのタイミングの時なのだと感じました。
変化することに罪悪感をもたず、変化を「生きている証」とプラスに受け入れて、真っ直ぐに未来へ歩んでいくことがこれから大事なんだな…と思いました。
◇◇◇
朝を迎えて、私たちは今日も生きています。
生きているからこそ、できること。
それを真剣にやりきって、悔いのない人生を送ることが大事なのだと思いました。