森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい/「自分らしく生きる」を実践するブログ

全てを失う前に「大切なもの」の存在に気づく

8月に入りました。

相変わらず暑い日が続いています。皆さま、お体にはお気をつけてくださいね。

 

 

さて、月が新しく変わったことで、見えてくる風景も変わってくるかな?…と少し期待をしていたのですが、8月の扉を開いて見えてきたのは、あまり喜ばしいものではなく、どちらかと言う淋しさと悲しさを含んだものでした。

 

今まで大事にしてきたものが荒れ果てて滅んでいったり、いつまでも有りづけるの信じてきたものが無残にも消失してしまったり、等々。

 

そんなイメージがどんどん出てくるんですよね。

 

新しいものが始まるため、既存のものは全て終焉を迎える…ってことなのでしょうか。

数秘術でいうと「9」のイメージかな。

数秘だと「9」の次は「1」です。つまり、9でいったん終わった後に、1からまた新しいサイクルがまた始まるということです。

つまり、新しいサイクルに入る前には、前にあった既存のものを一度全てを終わらせる必要があります。

ですので、もしかしたら、本格的に新しい世界へと移行する前に、宇宙は本気を出して全てを完結させる…。つまり、これから「9」の世界が始まるのかなぁ…と、そんなことを感じました。

 

 

ちなみに、これは今月(8月)のみのことなのか?

それともこれから先の未来のビジョンなのか?

 

そのあたりは私もよくわからないのですよ。
ただ、今まで「当たり前」のように感じてきたものが、無残にも儚く消えてしまうことで、「あれは貴重なものだったんだ」と失って初めてその価値に気づかされる…。そんなことが、これから増えていくような予感がします。

 

そして、今までを振り返ると、何か大きな事件や事故、悲惨な出来事が起きたとしても、たいていはどこか遠い異国で起きていたため、どこか他人事のような感覚がありましたよね。「日本には関係ないよね」みたいな…

そのため、ついついいつもの癖で、また何かが出てきても「どこか他人事」のように受け止めていたと思うのです。

 

でも、今度は私たちの日本人にとって非常に身近なところで、次々といろんな出来事が起きていくのを感じます。いや、もう既に起きているかな。

 

今までとは大きく流れが変わってきて、私達も「歴史の当事者」になっていくようです。

 

これからは「負の体験」も、日常的にたくさん受け取っていかなきゃいけなくなるでしょう。まさにサバイバルですよ。

 

まぁ、見方を変えると、今までがあまりに無難で物事が運よく運び過ぎたってことですよ。あるいは、過去に先祖が積んてくれた徳を食いつぶしながら、単に難を逃れてきただけ…なのかもしれません。

 

 

 

これから「かけがえのない大切なもの」を順番に失っていくなかで、昔、それらを「当たり前のもの」だと信じて、湯水のように無駄に使いまくってきたことを、今後は後悔するようになるかもしれません。

 

この「当たり前のもの」とは、今問題になっている食料やエネルギーのことだけでなく、国や自治体のシステム、治安、生活習慣、人々の倫理観・道徳観・意識なども含まれます。

 

日本では「当たり前」だったこと&ものが、これからは通用しなくなり、または、みるみる消失していき、後の時代には「もう絶滅寸前の非常に貴重なもの」になってしまうのかもしれません。

 

あるいは、今はかろうじ形があるけど、それらの劣化が近年急速に進み、みるみる朽ちて全てが細かい砂と化し、自分の手指の隙間からサラサラと流れ落ちて消えていく…というような状況を身近で体験するかもしれません。

 

どちらにせよ、心の準備がなかった人には、大きなショックでしょうね。

 

 

失うことは決して悪いことではなく、未来へ前進するためには「通らなくてはいけない道」ですが、でも、この失い方の振り幅が、今回はかなり大きくて強烈なんだろうなぁ…と感じています。

 

不要なモノを手放すことは大切なことです。

だけど、どれが本当に不要で、どれが後世に残すべき大切なものなのか?…この判断と決断を、今の時代を生きる私たちは迫られているんですよね。

 

この判断を誤ると、後々お大きなツケを払わされるので、責任重大です。私たちの子や孫の世代に…、もしくは、私たちの死後、新たに生まれ変わった後の来世の世界に、多大な影響を与えてしまうことになるでしょう。

 

だから、他人事と思わず、一人一人がこの世界を担う責任者の一人なんだ…という自覚を持つことが必要なんですよね。

 

なので、自分の主観や浅はかな思い込みで「これは嫌い」「あれは好き」と軽く判断を下していると、後々「捨ててはいけない大切なもの」を廃棄してしまったことに気づき、取り返しのつかない状態に至るかもしれません。

 

 

そんな大変ななかを生きていくにあたって、今とても大事なことは「感謝」です。

自分が気づかないところで、社会のために黙々と働いてくださる人々、私たちの暮らしがスムーズに安定して流れていくよう、陰で大きな力となっている存在、そうしたものに気づき、心から感謝することです。

 

感謝がないところから、社会は荒廃していきます。

腹を立ててガーガーと自分の主義主張を言い張ることにより、かけがえのない大切な存在がみるみる枯れていくのです。

 

社会を支えてくれている陰の存在は、とても繊細です。

崇高なものは、人間の感謝のエネルギーによって生きています。人々から感謝の心が消えたら、崇高なものは死んで果ててしまうんですよね。これは種火のようなもので、一度失ったら、もう二度と還ってはきません。崇高なものを失ったら、私たち人間ももう生きていけなくなるのです。

 

今は、私たちのこの世界を立て直す最後のチャンスなのかな…と感じています。

 

感謝の気持ちを持つこと。

 

それは、口先で「ありがとう」をいうのではなく、「これを失ったら大変なことになる」という現実を肌で実感し、今あるものに対して素直に「ありがとう」という気持ちをもつこと、そして、自分のできる範囲で「社会の役に立つこと」をしていくこと、物も人も大切に扱うこと&大切に使っていくこと…です。

 

人に対しても、何かをしてもらったら、ちゃんと「ありがとう」と感謝の気持ちを言葉で伝えることです。これは老若男女関係なく、みんなが心掛けるべきことで、貧富の差も性差も年齢も関係ありません。人として、死ぬ直前まで大切にしなくてはいけない普遍の価値観です。

 

ここから先は、お金が解決してくれる社会ではなく、むしろ、お金に頼ることで心が荒んでいく社会です。お金をたくさん所有することに心血を注ぐの出来なく、感謝できる人になることがポイントかな。

 

自分の中に「感謝の視点」をたくさん持ち、起きてくることに感謝ができ、多くの人々と感謝のエネルギーをシェアできる人。そういう人たちが、これからは心豊かに生きていけると思います。

 

そのために、身近な所に目を配り、陰で働いている人々を見つけて、感謝してください。

また、私達自身も、世の中のために善行をおこない、「陰徳(いんとく)を積む人」になっていきましょうね。

 


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桃を食べました。甘くて美味しかったです。