森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい 「自分らしく生きる」ための心のメッセージ

慢心する心を卒業して、謙虚に学ぶ「心」を得る

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雪と青空

「慢心」(まんしん)という言葉があります。

慢心とは「おごり高ぶること、また、その心」「自分を自慢する気持ち」を言います。

謙虚さを失って自意過剰になる状態のことです。

 これは、自分のことを客観的に素直に自覚することができない人で、特に、プライドが高く虚栄心の強い人がよく陥りやすい「心の状態」です。

でも、普通の人でも、すごく調子が良いときは、ついつい周囲の雰囲気に飲まれて自分を見失い、エゴと欲が表に剥き出しになっていき、いとも簡単に慢心の状態に陥ってしまいます。

慢心するとき、人は、傲慢で自分中心になります。普段はとても穏やかで良い人でも、ちょっと風向きが変わって自分の立場や肩書きが良くなると、急に心のタガが外れて気持ちが大きくなり、エゴと欲を満たす方向に突っ走ってしまうのです。

要は、油断すると「自分の心の弱さ」がポロリと露見してしまう・・・ということ。そして、自分の弱さを知らない・自覚していない・弱い心を律する力が弱い・・・ということです。つまり心がまだまだ成長途中で未熟な状態であるということです。

自分を取り巻く環境が変化したことで、自分の心の統制が効かなくなり、急に「偉い人」になったような錯覚を起こしてしまうのです。自分の周りの人たちのことを下に見て蔑み、自分を頂点にした世界の王様になろうとします。

こうなると、一度建てた「エゴの城」を簡単に取り崩すことはできません。もっとエゴと欲を満たしたい、エゴと欲を満たすことが自由にできる状況を作ろう、維持しよう、守ろう・・・と躍起にします。「エゴの城」を失うことを恐れ始めるのです。

こうして、ますます頑固になり、大失敗や転落を味わうまで「慢心」は折れることなく延々と続いていくのです。

 

一方、それとは逆に、自分の心を慢心させないよう、常に自分の心をクリアに保つことを意識して生きている人がいます。このような人たちは、自分のことが客観的によく分かっている人たちです。

こうした自分のことを「ありのまま」全てを受け入れ、素直に自覚できている人は、自分の「良い部分」も「悪い部分」も「得意」も「苦手」も全部よく分かっているので、人前で威張ったり偉そうにすることは絶対にありません。とても自然体です。

その上、人生には「良いとき」も「悪いとき」もあり、「ポジティブになれる時」も「ネガティブに陥るとき」も両方バランス良くある・・・ということも、魂レベルでちゃんと理解しているので、どんな時でも「自分らしさ」を失わず保ち続けることに意識を集中し、誰に対しても、いつでも、どんなときでも、自然体の自分でありつづけることを大事にします。

何か失敗しても、ハッと我に返って内省し、自分側の非を素直に認め、すぐに状態を起動修正していく「心の柔軟さ」があるので、慢心している暇がありません。万が一、慢心しても、すぐに、周囲にいる「信頼できる人たち」から忠告を受けるので(自分に正直な意見を言ってくれる人を周りに置いている)、ハッと気づいて自分の間違いを素直に認めて直します。

つまり、自分の弱さも未熟さも素直に受け入れ受容している・・・ということです。人間である以上、自分もまだまだ成長過程。良いところを伸ばして、短所を直して成長したい・・・と思っているので、自分の未熟さを隠すことはしないし、未熟な部分を育てることに喜びを感じています。

だから、自分の立場や肩書きが変わっても「それが自分の人間としての価値を表しているモノでは無い」「肩書きや立場は、死んだらあの世はに持っていけない。大切なのは魂についた徳のみ」と自覚しているので、立場や肩書きに見合った責任を果たすことに集中し、おごれることはありません。

こんな感じで、何が起きてもブレずに「素の自分」に立ち戻ることが出来るので、「慢心」という心の状態に長い間浸ることがないのです。

 でも、こうした心の状態は、簡単にすぐできるものではなく、長い年月をかけて様々な体験を積み重ねながら、自分の弱さと向き合い、自分の心と格闘しながら、少しずつ律することを覚え、身につけ、心を鍛えてきたからこそ・・・です。

慢心による失敗もたくさん経験して「痛い思い」をしてきたからこそ・・・「もう二度と同じ失敗は繰り返さない」と心に決めてコツコツ取り組んできた結果として、今の『慢心に溺れない心の状態』になったのです。 

みんな、人の知らないところで、ひっそりとコツコツ努力しているのです。努力して目指す自分を手に入れている・・・ということです。

 

ちなみに、慢心していると、いつか必ず足下をすくわれます。油断したところから「ほころび」が生じて、少しずつ足場が崩れていきます。 

 ここでハッと気づいて、慢心を止めて軌道修正できると良いのですが、気づかずそのまま突っ走れば、いつか必ず崩壊して転落していきます。転落して、全てを失い、大切なモノに傷をつけ、全てが取り返しがつかない状況になって初めて、自分が慢心していたこと&自分の慢心が失敗の大きな原因だったことに気づくのです。←ここまで陥らないと分からない人、案外多いです。

 

 もしも、大きな失敗をして全てを失いそうになったとき(あるいは失ったとき)、自分は慢心していなかったか?・・・と自分自身をよくよく見つめ直してみると良いと思います。実は、失敗したとき、責任を他人になすりつけて、意気揚々と人を責めることも、ある意味「慢心」です。自分の心の中を見つめ直す作業をしないで、すぐに人のせいにして他人を責めたり怒りを剥き出しにするのは、慢心があるからです。

人である以上、人生には失敗はつきものです。責めるのではなく、一緒に挽回の道を探って「間違い」を軌道修正し、失敗を乗り越え克服していくことが、「本来の目指すべき姿」なのです。

失敗から学ぶことは多いですし、成長の糧になるものがたくさんあります。

でも、慢心していると、こうした大切なことも見逃してしまい、気づくことができないのです。

もしも万が一、「自分の失敗」や「他人の失敗」に遭遇したときは、自分の中にも「何か改善すべきことはなかったか?」・・・と謙虚に自分自身を見つめ、自分の中にある「答え」を探ってみてください

そこから「何かを学び取る」「何かに気づく」そして「気づいたことを自分自身の成長に生かす」・・・これが大切です。

これが謙虚であるということです。気づきを得て心が少しでも成長でききたら、自然と感謝がわき上がってくることでしょう。これが真の謙虚さです。慢心とは真逆の心です。

慢心は身を滅ぼします。自分だけでなく、自分の周りの人々の人生をも狂わせます。

慢心しないで、素直な気持ちで自分を受け入れてくださいね。

そして、自分自身を成長させることを「人生の目的」としていきましょう。