森の中の大きな木2

自由にマイペースに生きたい/「自分らしく生きる」を実践するブログ

相手のことを心から信頼し愛することの大切さ

 

ここ2~3年ほど、私は漢方薬を飲みながら養生に努めています。

この人生、私は長いこと生きてきたのですが、やはりあちこちにガタがきていて「体のメンテナンスが必要だなぁ」と感じるようになったですよね。

そんなとき、ふと「漢方薬」が出てきて、偶然にも良い先生と巡り合うこともでき、以降、ずっと自分の体質に合った漢方薬を飲みながら体調を整えています。

 

そこから、中医学について勉強するようになり、今は「自然のサイクル」に「自分の身体」が適応していくよう、学んだことをあれこれ生かしながら暮らしています。

 

そんな中、じっくり養生生活に取り組むようになって、最近ようやく「自分の身体からの声」を素直に受け止められるようになりました。

 

自分の身体に良いことを惜しみなく与え続けてきたから、私の身体も少しずつ「私の意識」を信頼してくれるようになったのでしょう。

今まで分からなかったこと・気づけなかったことを、身体が「体調の揺れ」というサインで素直に教えてくれるようになったのは、「(今の私なら)ちゃんと受け止めてすぐに対処してくれる」と信用してくれるようになった証じゃないか…と思うのです。

 

 

ちなみに、昔の私は、身体からの声を無視し、自分の身体にさんざん無理を強いてきました。我慢させることも多かったし、角を立てないために自分に無理を強いてきたこともたくさんあります。

 

それでも、私の身体はつぶれることなく、頑張って私に合わせてついてきてくれました。

 

しかし、きっとおそらく私の身体は、「私の意識」がまた何か嫌なことを押し付けてくるんじゃないか?…とかなりビビっていたんじゃないか?と思うのです。

 

私の身体は、幼い頃からずっと健気に「痛い」「眠い」「疲れた」「休みたい」「こっちが食べたい」「こんなの食べたくない」「温まりたい」…等のメッセージを、「体調の揺れ」という手段で送り続けてくれたんですよね。

 

ところが、そんな身体からのメッセージに対して、過去の私は、ずっとガン無視し続け、「今は無理だから後回し」「自分の身体より集団の和を重んじる」で突っ走ってきたんです。

社会に自分の居場所を作るため、他人に対しては「誠実な自分」で頑張ってきたけど、一方で、自分の身体に対しては、裏切り・ガン無視・休ませない・嫌なことも無理やりやらせる・こき使う…等々。昔の私は、まさにブラックでした。

 

 

ところが、ここ2~3年前から(漢方生活に入って以降)、体の不調に対して「我慢」「辛抱」「後回し」ではなく、「すぐに対処する」「適切に手当てする」「体の声を優先する」へと大きく舵を切ったのです。

すると、そこから少しずつ体調が整いだしました。

 

更に、今年の半ば過ぎ頃から、また自分の身体への思いが深まり、「体の声を聴く」という実践のグレードを、もう1ランク上げてみました。

 

今までの私は、どちらかといえば、自分の身体のことを「不調やトラブルを起こす困った身体」という受け止め方をしていたんですよね。

 

でも、そんな「世話が焼ける厄介で面倒な身体」という認識から、

起きてくる不調もトラブルも全部ひっくるめて「私の身体」と肯定的に受け止める&自分の身体を心から信頼して愛する

…へとシフトし、何があっても「大丈夫」と信頼してみることにしたのです。

 

すると、「身体の不調に振り回されて大変だ」という思いが一変し、

「自分の身体に備わっている免疫力や回復力を信じてあげよう、信頼しよう

という気持ちに変わりました。

 

例えて説明すると、「全く信用していなかった人のことを、ある時を境に、信頼して任せてみよう!」と気持ちを切り替えたような…そんな感じです。

こうして、身体に対する自分の思いを180℃変えてみました。

 

体とポジティブに向き合うことを意識しました。

 

すると更に、今までの私は、身体がもっている力を全然信じていなくて、どちらかといえば、身体の機能を抑圧し、意図的に体調をコントロールしようとしていたことにもハッと気付きました。

 

全く信頼されていないところで働くことの大変さ…。

この状況を人間社会で当てはめて考えてみたら、「私は今まで、自分の身体になんて酷いことをしていたんだろう」と申し訳ない気持ちになりました。

全く信用してくれない「私の意識」の下で、言われた通りに活動していくのは非常に辛かっただろうなぁ…と。

過去の私は一方的に、「身体」を支配して都合よくコントロールしようと躍起になっていましたが、今は、自分の身体をリスペクトし、信頼して任せていこうと思い直したのです。

こうして私は、自分の身体と仲良く頑張っていこうと腹をくくりました。

 

 

最近の私は、「実は冷えていたんだなぁ」とか「ここの箇所に対して、無頓着すぎたなぁ」と気づくことが増え、身体への対応をせっせと実践しています。

 

そこで今感じていることは、慢性化した不調に対して適切に手当てしていくと、最初は「不快感」がドバーと出てくる。…ということです。

 

この不快感がなんとなく嫌で、不快を避けたくて適当に済ませていたところが昔はあったんですよね。(だから不調が続いていたんですよね…。心から反省^^;)

でも、この不快感を突き抜けてしっかり時間をかけて手当てしていくと、不快が消えて、真の「快」が得られます。実際にやっていくなかで、不快を快に替えていくことを発見しました。

 

苦界の沼から抜け出す時、抜ける瞬間に「痛み」や「苦しみ」を感じることがあります

その苦痛を味わうのが怖かったり嫌だったりして、それで「苦しみしかない環境」から抜け出すことを躊躇(ちゅうちょ)してしまうことが多々あるのですが、でも、本当に自分を良くしていきたいとならば、脱出時の「苦痛」に耐えて、踏ん張ってみる…というのも大切なことだなぁと思いました。

 

物事を良くしていこうと思うと、やはり時間と労力が要ります。簡単にはいかないからこそ、「人生の課題」だったりするんですよね。

 

私の体調も、これで一発解決してスッと楽になった…なんてことはなく、お天気の波と同じで、良くなったり不調になったり、揺れ動き続けています。

 

でも、不調を感じるたびに、「自分の体調をしっかりコントロールしなくは」と焦ったり、「病気かしら?」と不安になる気持ちは、随分収まりました。

 

こんなところも、私は成長だと思っています。

 

 

不調が教えてくれる「私の思い癖」は、この人生で積み重ねてきたものだけでなく、過去世からの記憶も含まれているでしょうから、簡単に消えるものでもないし、もちろん時間がかかります。

 

だから、根気にコツコツ丁寧に向き合っていくしかありません。

 

これは、途方もなく労力と時間がかかる作業ですが、それでも、取り組む価値はあると思っています。

 

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